ルドマンからの使いが修道院に到着したのは、朝の祈りが終わった時だった。

つらいこともあったが、楽しかったここでの生活。それが終わろうとしている。
サラボナに帰れば、あとは親が決めた相手と結婚し、ルドマンの跡継ぎの妻として多忙な生活をおくることになるのだろう。
もうこのような穏やかな時間を過ごすこともないかもしれない。
昼食もろくに喉を通らなかったフローラは、潮風に吹かれながら、海岸をゆっくりと目的もなくさまよっていた。
午後の海は柔らかな日射しに照らされた海は、深い碧から明るい銀へと様々な表情を見せながら浜にうち寄せ細かな泡を作り、
そしてフローラを誘うように引いていく。
 ---この海を眺めるのも、あと数日なのね・・・
慣れない生活で沈んだ気持ちも、巡る季節の中の小さな驚きや歓びも、この海はいつも黙って聞いてくれた。
「最後にもう一つ、聞いてくださいますか?わたくしは・・・あの時の、あの男の子に、もう一度・・・」
フローラの脳裏に、幼い頃の想い出がよみがえる。
ルドマンに引き取られて間もない頃の船旅で出会った少年。
漆黒の髪と不思議な瞳に引き込まれそうになったあの時。
「そんな昔のことを、とお笑いになりますかしら?そうですわよね。
でも・・・最近、あの方のことが思い出されてならないのです。どこのどなたかもわかりませんのに・・・・」
自嘲気味に小さく笑うと、足下に転がる流木のかけらを拾いあげ、力いっぱい海に投げた。
流木のかけらはしばらく波にもてあそばれ漂っていたが、やがて潮の流れに乗れた様で、ゆっくりと沖に向かって流れ始めた。
それを追いかけてフローラもゆっくりと、岬の先端へ向かう狭い浜辺を歩き始めた。
小さな白い花をつける背の低い草木の藪がフローラの行く手を遮る様に繁っている。
フローラはその向こうに、見慣れた樽が転がっているのを見つけた。
「まぁ・・・これは・・・」
流木と共に夢の中をさまよっていたフローラは、急に現実に引き戻された。

それは時々この浜に打ち上げられる樽であった。
どこから流れてくるのかはわからない。
だが決まって、中には死体がつまっていた。

フローラは胸元にさげたクロスを握り彼らのために祈ると、人を呼びに修道院に戻ろうとした。
しかしその時・・・樽の中で、気配がした。
いや、気配というより、何かがフローラを呼んでいる気がしたのだ。

フローラは息を呑み、思わず後ずさった。
「・・・いいえ、きっと、魚ですわ・・・」
だが、しかし・・・
フローラはギュッとクロスを握りしめると、そっと草をかき分けて、樽に近づいた。
・・・コトリ、コトリ・・・
気のせいではない。中で何かが動いている。
フローラはためらった。もしかしたら、中にいるのは魔物かもしれない。
しかしフローラの中の何かが、フローラを導いている。
フローラは深呼吸をすると、樽に手を掛けた。
樽の蓋はきっちりと閉まっており、フローラの力では開きそうにない。
フローラは樽に耳をつけた。
中から人の息づかいと、苦しそうなうめき声が聞こえる。
フローラは「すぐに、戻ります」と樽にささやき修道院に駆け戻った。

やがてフローラと共に駆けつけてきたシスターの一人が鉈でそっと樽の蓋を開けると、
中からはいつもの死体と同じ服装の3人の男女が出てきた。
彼らはやせこけ、傷だらけで体温も下がっていたが、まだかすかに息はあった。
呪文が使えるシスター達がホイミとベホイミを唱える。フローラも必死でホイミを唱えた。
やがて3人のの頬にほんのりと紅が差してきた。
だが、相当弱っている様で、彼らの意識は容易には戻らず、シスター達は修道院から戸板を持ってくると、
彼らをそれに乗せてそっと運んだ。
「今まで何度も亡くなった方を弔いましたが、命を救えたのは初めてですよ。フローラ、よく気が付きましたね。」
作業を見守っていた修道院長がフローラに言った。
「はい・・・ありがとうございます。」
フローラは答えたが、その意識に修道院長の言葉は届いていなかった。

 ---この方は・・・まさか・・・
フローラは、遠い昔の記憶を探っていた。
何かが、時間を超えた二つの出会いを結びつけようとしている。
しかし、意識のない彼に訊ねることも、その瞳を確かめることもできない。
フローラは、そのふっくらとした桜色の唇をきゅっとかみしめると、
シスター達と一緒に戸板を持ち上げた。

彼らのために部屋が温められ、暖炉の前にベッドが並べられた。医学が得意なシスター達が彼らの傷を手当てする。
フローラもシスターたちに混じり、彼らの回復の為に働き、祈った。
夕日が海を染めながら沈み、辺りが闇の沈黙を迎えた頃、比較的傷が軽かった女性が意識を取り戻した。
だが彼女は「ヒカリノキョウダン・・・助けて・・・」とだけつぶやくと、また深い眠りに落ちていった。
「光の・・・教団・・・」
年長のシスター達がそっと目を見合わせた。
「なにか・・・ご存じなんですか?」
フローラが小さな声で訊ねる。しかしシスター達は彼女の問いに答えようとはしなかった。
シスター達の反応に、フローラの心の中には小さな不安が芽生えた。
フローラがなおもシスター達に訊ねようとしたとき、廊下からフローラを探す声が聞こえてきた。
フローラは言葉を飲み込むと、そっと部屋を出た。 

「でも、出発は4〜5日後だと・・・」
フローラは思わず大声をあげた。
使いの若い男は、フローラの美しさに押されながら、申し訳なさそうに答えた。
「はい、その予定だったのですが、大きな嵐が来そうだということで、明日出ないと、しばらく出港できなくなるかもしれないそうなので・・・」
「でしたら、嵐の後に出港した方が安全なのではありませんか?」
フローラは落ち着こうと小さく深呼吸して答えた。
「しかし・・・嵐が港を直撃しますと、その、船が壊れでもしたらここでは修理できませんし・・・」
使いの男は困った顔をして、しどろもどろになりながら答えた。
こんな美しいお嬢様がもっといたいと言うなら、いさせてあげたい。しかし天気は自分にはどうすることもできない。
いや、天気でなくても下っ端の自分にはどうにかできることなどないのだが。
男の困惑した顔に気付いたフローラは、我に返った。
「まぁ・・・ごめんなさい。ちょっと・・・びっくりしてしまいましたので・・・」
「あ、いえ、一晩でみなさんにお別れなんて、難しいですよね。」
「ええ、まぁ、そんなことは・・・・」
そうだ、修道院の方にも、お世話になった近隣の方にも、ご挨拶をしなければ。しかしフローラが動揺した理由はそのことではなかった。

 ---せめて、あの方が気が付くまでここにいたい・・・
でも、彼が気が付いたとして、どうしようというのだろう。
あんな昔の、それもほんのわずかなすれ違いなのに・・・
それに、あの方かどうかさえわからないのに・・・

修道院の近くの港は小さく、ルドマンの大きな船が桟橋につけられないことは知っている。
沖に停泊している船は、大きな嵐がきたら修復できないダメージを負うかもしれない。フローラは観念して答えた。
「お気遣いありがとうございます。でも、お天気には勝てませんわね。明日出発いたしましょう。
 よろしくお願いします、と船長さんにお伝えください。」
フローラのほほえみに完全に虜になった使いの男は、彼女に見とれ、頭を下げるのも忘れて「はい、わかりました」と答えた。

使いの男は名残惜しそうに何度も振り返りながら、馬の背に揺られ、港へと戻っていった。
「気になるのですね、あの方々が」
フローラと共に男を見送った修道院長の言葉に、フローラはハッと振り返った。
フローラは自分が、耳まで真っ赤になっていることを感じた。
だが幸いに、修道院長は、フローラの心の奥まで見透かした訳ではなかった。
「あなたがお救いしたのですものね。お元気になるまでお世話したいというお気持ち、わかりますよ。」
「は・・・はい、院長様」
修道院長の言葉に、フローラはほっと胸をなで下ろした。と同時に、自分の心を恥じた。
せっかく何年もここで修行したというのに、こんな時に、自分の事ばかり考えているなんて・・・・
修道院長はため息をつくフローラの肩をそっと抱いた。
「あなたがいなくなると寂しくなりますね。わたくしどもは、あなたからたくさんの事を学びましたから。
 あなたの幸せを、ずっと祈っていますよ。」
修道院長の言葉に、急にフローラの中に明日ここを永遠に離れるという実感がわいてきた。
「院長様、わたくしは・・・」
フローラの美しい青い瞳に涙が浮かぶ。ここでの楽しい日々、様々な出会い、かけがえのない経験、そして、今日の事・・・
「わたくし、ほんとうは・・・」
「フローラ、わたくしたちが共に過ごした時は消えることはありません。例え姿は見えなくても、心はつながっているのですよ。
 あなたがわたくしたちのことを思い、わたくしたちがあなたのことを思うとき、心は必ず、つながっています。」
「かならず・・・?」
「ええ、どんな時も、誰とでも。だからフローラ、別れを恐れないで。」
「はい、院長様・・・」
フローラは精一杯の笑顔を見せた。

東の森が白んでくる頃、フローラは3人が眠る部屋をそっと覗いた。
急な別れを惜しみ、シスター達と一晩中語り明かしたのに、彼女の美しさは疲れでかげることはなかった。
彼らの看病をしていたシスターがフローラに気付き、部屋に招き入れる。
「ずいぶん落ち着かれましたよ。そろそろお気づきになるんじゃないかしら。きっと、フローラさんにお会いできなくて残念がりますわ。」
シスターはそうささやくと、やかん足す水を取りに、フローラに彼らを頼んで部屋を出た。

3人の顔色は昨夜に比べて良くなり、寝息は規則正しくなっている。
きっと気が付いて、食事がとれればすぐに元気になるだろう。
フローラはひときわ傷が多く重症だった、漆黒の髪の男を見た。
うっすらと残る頬の傷にそっと触れた。

東の空がだんだんと闇から朝焼けにかわり、そして産まれたての太陽が新しい日の始まりを告げながら登ってきた。
窓から差し込む朝日がフローラと男を照らす。
彼のたくましい腕には、ホイミでも薬草でも消えない傷が残っている。
「ヒカリノキョウダン」がなにかわからなくても、その傷から彼がどんな生活を送ってきたのかは想像がつく。
そっと彼の掛け布団をなおしながら、フローラは思わずつぶやいた。
「あなたは・・・彼なの?」
その時・・・

海は、フローラの願いを叶えた。

男の目がかすかにひらいた。
深い、深い緑の瞳。
全てを受け入れ、包み込む暖かな瞳。
その瞳に、朝日を受け驚きに輝くフローラが映る。

やがて男はそっと目を閉じた。
それはフローラにとって、ほんの一瞬であり、永遠に続く長い時でもあった。
かすかに聞こえる潮騒が二人を包む。
一粒の涙が、フローラの頬を伝い、男の頬に落ちた。
それは星の様に輝き、二人をつないだ。

嵐を避けるため、船は全速で進んだ。海は少々荒れ始め、船に裂かれた波達が大きくうねり渦を描く。
やがてフローラとの別れを惜しむかのように降り出した雨が、船からかすかに見えていた修道院をそっと包み、白い闇の中へと連れ去った。
「おあいできてよかった・・・お元気で・・・」
雨が打ち付ける窓からは、もう島影さえも見えなくなった。それが雨のせいなのか、涙のせいなのかは、フローラにはわからなかった。

サラボナに戻ったフローラを待っていたのは、ありったけの歓迎とルドマンの無謀な婿選び計画だった。
過ぎる日々のめまぐるしさに立ち止まって修道院での日々を懐かしむ暇はなかった。
しかしそんな忙しさの中でも、フローラは時折あの瞳を思い出した。
「あの方がわたくしのことを思ってくだされば・・・心はつながっている・・・きっと・・・」
もうあうことはないかもしれない。しかし、いつの日か、もしかしたら・・・
「あの方が、どうかお元気で、無事に過ごせますように・・・」
棚に飾った木彫りの女神像に、フローラはそっと祈っていた。



それは、幼なじみのアンディに、危険な婿選びへの参加を思いとどまるよう説得しようと街へ出た日のことだった。
フローラが抱いていたリリアンが、いきなりその腕から飛び降りると、まるでなにかに呼ばれているかのように走り出した。
このままでは、街の外にでてしまう。必死に追いかけたその先に・・・
「彼」が立っていた。
決してフローラ以外の人間になつかないリリアンが、その男にはおなかを見せ、しっぽを振っている。
フローラはやっとの思いでリリアンに追いつくと、膝に手をつき、息を弾ませながら言った。
「まあっ!? リリアンがわたくし以外の人になつくなんて初めてですわ。あなたはいったい……。」
フローラが顔を上げる。
男の視線と、フローラの視線が絡み合う。
優しく微笑む、その男の深い緑の瞳。
漆黒の髪、腕の傷跡。
頬にかすかに残る傷跡。

 ---この瞳は、確かにあの瞳・・・

フローラの胸は高鳴った。頭の中が真っ白になる。
言葉が出ない。どうしよう、なんて言おう。
フローラは、自分をなんとか落ち着けようと深呼吸をした。

だが次の瞬間、フローラは気付いた。
彼は、「自分」に気付いていない、ということを。
フローラの心は一気にどん底に突き落とされた。
彼が自分を憶えていないことを予想してはいたが、急に現実を突きつけられ、
淡い期待を抱いていた楽天的な自分に腹を立て、自分の事を憶えていない彼に不条理な怒りをがわき上がった。

フローラはもう一度深呼吸すると、声が震えぬよう気をつけながら言った。
「あら いやだわ。わたくしったら・・・お名前も聞かずにボーッとして。」
平静を装おうとしても、つい妙なことを口走ってしまう。
「お名前は……そうですかアベルさんと おっしゃるのですね。」
 --アベル・・・それが彼の名前・・・アベル・・・
心の中で繰り返す。胸の奥が熱くなる。
フローラの心は混乱し、泣き出しそうになっている自分に気付いた。
「本当にごめんなさい。またお会いできたら・・・きっと、お礼をしますわ。」
そして、「あ、あの、この街の・・・・」という彼の言葉を遮り背を向けると
つい声を荒らげた。
「さあ リリアン 帰るわよ。いらっしゃい!」

フローラは街をまっすぐにつっきり、屋敷へと急いだ。
自分がいつになく厳しい表情をしていることも、
涙があふれていることも、
街の人々が驚きと好奇の目で自分を見ていることもわかっていた。
だが、今の彼女にはそれらのどれも止めることはできなかった。
リリアンがついてきているかどうか確かめることもせず、フローラは屋敷の中を足早に抜けて
自分の部屋に飛び込み、そしてベッドに潜り込んだ。
ただならぬ気配を察したメイドが心配する声も、部屋を閉め出されたリリアンがドアの前で鳴く声もフローラには聞こえない。
布団をかぶるとフローラは、思いっきり泣き声をあげた。

思う存分泣いて、思う存分放心した後、フローラはやっと部屋のドアを開けた。
リリアンは吠えすぎて疲れ果て、騒ぎを聞きつけたルドマン夫妻はドアの前でおろおろしていた。
彼らは一斉にフローラに抱きついた。
「おお、かわいいフローラ、どうしたんだね?」
「街でなにかあったのですか?言ってごらんなさい」
両親にも、リリアンにも関係のないことだ。それはわかっている。
しかし泣き疲れていたフローラは、いつになく、少々意地悪な気持ちになっていた。
「お父様が無茶なことをなさるからですわ。所詮、娘は道具でしかありませんのね。」
ルドマンは少々面食らった様だが、すぐにフローラを抱きしめ弁解した。
「だがね、フローラ。強い男を選ぶのは、おまえの為なんだよ。」
「そうでしょうか?ルドマン商会の為ではなくって?」
 ---こんなことを言っても何にもならないのに・・・
頭ではわかっていても、止めることができない。なんて自分は弱いんだろう。
フローラは自己嫌悪に陥り、また涙を浮かべた。

気分が悪いと夕食を断り、フローラは部屋に籠もっていたので、フローラは屋敷の中がいつもと違う様子に気付かなかった。
部屋に運ばれた食事に手をつける気にもならず、フローラは頭を冷やそうとベランダに出た。
屋敷の庭は夕暮れに染められ、庭の木々や銅像はすべて濃いオレンジと紫のコントラストで描かれている。
やがてオレンジが紫に凌駕され、まるで紺のカーテンにピンで穴を開けたように星がちらちらと輝き始める頃、
街から屋敷に続く道に人影が見え隠れするのをフローラは見つけた。
「こんな時間に・・・お客さま?」
しかし、父の仕事関係の客や親族であれば馬車でやってくるはずだ。
フローラはじっと目を凝らす。暗がりに慣れた目に、闇にも明るい金髪が揺れているのが見えた。
「あの髪は・・・アンディ・・・!!」
フローラは全てを悟ると、慌てて部屋を飛び出した。

「お父様!いったいどういうことですの?」
身支度を整えていたルドマンのところに、フローラが乱暴にドアを開けて入ってきた。
ルドマンは妻と顔を見合わせ、そして観念した様に言った。
「これから、婿選びをするんだよ。」
「もう少し話し合うって言ってくださったじゃありませんか。」
「しかしな、フローラ」
ルドマンはフローラを落ち着かせようとソファーに座らせ、その手をきつく握った。
「もう、今夜始めるということで、あちこちに知らせをしてしまったんだよ。
 せっかく集まった若者達を門前払いするわけにはいかんだろう。」
「でも、あんな危ないこと・・・」
「大丈夫、おまえにはそれだけの価値があるんだよ。それにあのくらいの試練が越えられなくては、
 こんな危ない世の中で、おまえを守る事はできまい。
 とにかくおまえは部屋で待っていなさい。」
こういう口調の時は、どうやってもルドマンの意志を変えられないことをフローラは知っていた。
ルドマンは妻にフローラを部屋に連れて行く様に言い、居間へと向かった。

自分の部屋に戻ったフローラは、力無くベッドに腰を下ろした。
あまりにもいっぺんにいろんな事がありすぎて、なにをどうしていいのかわからない。
もう何も考えられない。
自分はなんて非力で、ちっぽけで、弱いんだろう。
フローラはベッドに身体を投げ出すと、ぼんやりと部屋の中を見回した。
開け放った窓の向こうはすっかり陽も暮れて、三日月が庭の木にひっかかり沈めずに困っている。
リリアンは昼間の騒ぎなど忘れたかのように、自分のクッションに丸まって寝息をたてている。
自分も、何かも放棄して寝てしまおうか・・・

ランプの灯りに照らされて、薄暗い部屋の中で棚に飾った木彫りの女神像だけが輝いて見える。
修道院でフローラが彫ったものだ。
フローラは、女神像がじっと弱い自分を見ている気がした。
むくりと起きあがり、女神像の向きを変える。
しばらくベッドに座りこみ、クッションを抱えて女神像の後ろ姿を眺めていたが、
やがて立ち上がると女神像の向きを直し、クッションをリリアンめがけて投げると部屋を出ていった。

「お嬢様、いけません!」
メイド達の悲鳴にも似た制止の声を振り切り、フローラは若者達が待つ居間へと走った。
精巧な飾り彫りが施された大きな扉の前に立つ。
メイド達が小声で「いけません、お部屋でお待ちください」と繰り返す。
重い扉の向こうから、かすかにルドマンの声が聞こえる。
『みなさん、ようこそ!私がこの家の主人、ルドマンです。』
フローラは大きく息を吸うと、扉に手を掛けた。

扉の向こうには、彼女の運命が待っている。

END


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