心の闇

1



朝から働き通しだったリュカは、疲れていた。今日はやたらと頼まれ事があり、いつも以上に手間のかかる仕事が多かった。だから、朝まで起きて見張りをすることは無理ではないかと思ったのだが、残念ながらそんな心配は全く無用だった。モンスターの襲来はほとんどなかったのだが、夜の間働いている仲間達が情け容赦なく彼をこき使ったため、居眠りをする余裕など全くなかったのだ。
深夜を過ぎた頃、いいかげんに疲れてきたリュカは、ドラきちが倉庫に物を運び入れるのを頼みに来たときに、ついめんどくさそうに「え〜…」と答えてしまった。ドラきちが「ああ…オレが人間みたいに手があったらこんな思いをしなくても一人で仕事できたんだにゃぁぁぁ…」と大げさに泣き崩れたため、甲板にいた他の仲間の避難の視線を浴び、リュカはドラきちをなだめるのもそこそこに、慌てて船内へ逃げ込んだ。
たいして重くもない箱を何度か往復して最下層の倉庫に運び入れる。
(確かにドラきちには無理な仕事だけどさ〜、別に今しなくても、明日誰かに頼めばいいことじゃないか…)
彼は普段はこんな風に考えたりはしない。やはり相当疲れているようだ。
しかし、過去に彼が経験した重労働に比べればこんな量の作業は物の数ではないはずだ。これで『忙しい』とつい愚痴っぽくなる彼は、だいぶ普通の感覚になり、人間らしい生活に慣れたということだろう。これは喜ぶべき事なのだが、彼自身はそんなことに気付くはずもなく、珍しくぶつぶつと文句を言いながら作業を続けた。
最後の荷物を運びこんで一息つくと、「なんでこんなに忙しいんだ?」と、つい声を大きくしてつぶやいた。
「明後日には港に入れそうだからですよ。」
誰もいないと思った箱の山の向こう側から声がして、リュカは飛び上がらんばかりに驚いて、後に積んであった樽にぶつかり崩しそうになり、あわてて樽を押さえていると、声の主がやってきた。
「大丈夫ですか?驚かせてしまいましたね。すみません。」
それはピエールだった。彼は鎧を脱ぎ、薄緑色のスライムと騎士の姿のままでノートとペンを持っていた。
「あ、うん、だ、だいじょうぶ…じゃないかも…」
ピエールは、リュカが押さえてもまだバランスが崩れそうな樽を、反対側からちょっと押し戻してやりながら言った。
「久しぶりの、砂漠以外の陸の旅ですからね。みんな張り切っているんですよ。」
やっと樽から手をはなすことができるようになったリュカは、バツが悪そうに顔を赤らめた。
「ありがとう…ピエールは、何してたの?」
「在庫の確認ですよ。食料はビアンカがしているので、私はそれ以外の物を。とりあえずラインハットに行ってくるくらいは大丈夫そうですね。」
「そうなんだ。テルパドールに行くときはこんなに大騒ぎじゃなかったよね?」
ピエールのノートをのぞき込むと、そこには様々な品の在庫数が書き込んである。
(ピエールは読み書きもできるんだ…すごいな)
妙な事に感心しながら、リュカは訊ねた。
「あの時は、ガンドフ達が留守番に残っていましたし、留守にしていたのもそう長い期間ではなかったでしょう。今回は留守番がいませんからね。足りない物の買い出しも必要ですし。」
ピエールは作業を続けるため、ぷよぷよと小さく弾みながら箱の山の向こうに戻っていきかけたが、ふと立ち止まり、リュカの方を見て言った。
「もし大変でしたら…陸路の旅はやめますか?ルーラでラインハットに行ってくるのでもいいですよ。パパス殿の事が調べられればいいわけですから、あなた一人で行っても…」
「いや、いやいやいやいやいや、いいよ、行こうよ、みんなで!」
ピエールの少々意地悪なニュアンスには気付かず、リュカは慌てて答えた。
「気分転換になるし、ほら、船にばかりいたら運動不足だし、ラインハットはほら、懐かしいでしょ、みんな、うん。船の仕事からも解放されるし、キャンプも久しぶりだし、宿屋だって泊まれるし、みんなでいこうよ。ヘンリーにも会えるしさ。僕も頑張って仕事するよ。」
最後はほとんど自分に言い聞かせながら、リュカは倉庫を出ていった。

モンスター達にとって、リュカとビアンカのことは最大の関心事だ。
船の旅は退屈で、話題に事欠いていたというのもあるが、そういう時でなくても、仲間達はリュカとビアンカに注目していた。
人間なのに信頼できる『仲間』であるリュカと、今やみんなのマドンナ的存在であり、リュカと同じくらい、時にそれ以上大切なビアンカが『つがい』になったのは喜ばしいことなのだが、その後二人がうまくいっていないことは誰が見ても明らかで、みんながみんな気を揉んでいた。
魔物達はそれぞれ種族により繁殖の方法が異なる。中には繁殖で発生するのではない者もいるが、それでも種族を越えた共通の認識は『つがいであるなら仲睦まじくあるべき』だった。
リュカもビアンカも、お互いのことを好きなのだろうということはわかるが、それでもどうひいき目に見ても最近の二人の関係は『仲睦まじい』とは言い難いことは明白であった。彼らは時々このことについて話し合ったり、一応彼らは彼らなりに気を遣ったりはしていた。特に『赤ちゃん』のことについてはマーリンにきっちり釘をさされ、例の一件以来禁句となっていた。これについては少々---特に、子供好きのガンドフなどは---不満であったのだが、「あまり言うとストレスで子ができんこともあるんじゃぞ」とマーリンがすごんで言ったため、言葉の意味はわからなかったのだが、しぶしぶ従うことになった。

そんなわけだったので、明日のことがビアンカから提案されたとき、彼らは喜んで同意したし、ビアンカの計画以外にも彼らなりの、ビアンカにも秘密の計画が練られていた。
ラインハットまで陸路を行こうというのも、彼らの提案だった。二人の気分転換になるだろうし、陸路であれば話をする時間も増えるだろうから、みんなが困るあの微妙な喧嘩も少しは減るだろうというモンスター仲間の気遣いであった。

「…わかってないだろうなぁ」
一人残されたピエールはつぶやくと、器用に騎士の肩をすくめ、スライムの方はやれやれという表情をして仕事に戻った。




それを最初に見つけたのは、早起きのメッキーだった。
『ギギャ〜!ギギャ〜!』
太陽が目覚め、薄く染まった空が水平線を描く。東からゆるやかな弧を描き延びたその線が乱れ、彼らの進路にかすかに…だが確実に、懐かしい北の大陸が存在することを教えていた。
「リュカ、リュカ、陸が見えたにゃ!」
ドラきちが最後の一仕事にとリュカのところに飛んできた。リュカは重い瞼を持ち上げるのに必死だったのだが、それでもその言葉を聞くと、よろよろ船首へと歩いていった。
その頼りなげな後ろ姿を見ながら、ドラきちはつぶやいた。
「これで、今日は一日おねんねだにゃ。とりあえず作戦成功にゃ。」

やっと見張りを交代したリュカは、食卓につくととりあえず、目の前にあったスープとパンを胃の中へ放り込んだ。もう眠さは限界にきていたので、一緒に食べている仲間達の、平静を保とうとしても隠しきれないそわそわした空気にはまったく気付かなかった。すすめられるままおかわりをし、皿をからにするとふらふらと寝室へ向かった。
「お昼はどうする?起こす?」
「いいよ。夕方まで寝るから。今夜も当番だし。」
ちょうど食堂に入ってきたビアンカが声を掛けたが、リュカは振り向きもせず答えて、ゲレゲレと一緒に寝室へ去っていった。
食堂には食事をする音だけが静かに響いていた。だが、5分とたたないうちにゲレゲレがそっと食堂に戻り「ガオォォ」と小さく鳴くと、みんながみんな一斉にしゃべり始めた。
「寝たようですね。」
「あれはちょっとやそっとじゃ起きないにゃ」
「でもさ、そっとやったほうがいいんじゃない?」
「それは心配ないじゃろ。ほれ」
マーリンが差し出したリュカのコップをスラリンがのぞき込む。
「これ…ワイン?」
「ふぉっふぉっふぉ、念のため、ラリホーもかけておくか?」
「で…でも、お…起きられなく…な…ならない…かな…」
スミスの言葉にみんなが頷き、とりあえずラリホーは最後の手段にとっておくことにした。
ビアンカが寝室にそっと入り、窓とカーテンを閉め、リュカが寝ていることを確かめる。それを合図にみんながこっそり動き始めた。

リュカは眠っていた。途中で起きてくる事もなく、本当にぐっすり眠っていた。これは仲間達にとっては幸いだった。あらゆる仕事は中断させられることなく、予定通り進んでいた。
しかし、リュカにとってここまで熟睡してしまったのは、不幸だった。
リュカの様子を見に来たビアンカは、ベッドの側に跪き、そっとリュカの頬をつついた。リュカが起きないのを確認すると、彼の耳元でちいさくささやいた。
「これで…なかなおりしてくれる?せっかく一緒にいるのに、喧嘩ばかりじゃつまらないでしょ?…大好きよ、リュカ。」
そして、彼の唇にキスすると、真っ赤になって両手で頬をおさえ、静かに部屋を出ていった。

つづく

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