心の闇

4



「せーの!」
『はっぴば〜すで〜 とぅ〜ゆ〜! はっぴば〜すで〜 とぅ〜ゆ〜!』
急ごしらえのコーラスが響く。
蝋燭の小さな灯りで照らされ浮かび上がった主役は、びっくりして立ちつくしている様だ。
『はっぴば〜すで〜 でぃあ りゅか〜! はっぴば〜すで〜 とぅ〜ゆ〜!』
パンパンパン!
マーリンお手製の爆竹が派手な音と煌めく閃光をあげ、部屋の中は薄いピンクに煙った。彼は火薬に香料を混ぜ込んだらしく、硫黄と混じった香料がなんとも言えない匂いになって部屋に充満し、みんなは一斉にむせ混んだ。
「ド、ドア、ドアを開けて!」
「ひょ〜、外でやったときはうまくいったんじゃがな」
天井に煙がたまって、ドラきちがあわてて降りてきた。
ここまできてもまだ主役はなにがおこっているのかわかっていないらしい。
「リュカ、お誕生日おめでとう!」
スラリンの言葉に続いて、仲間達は次々におめでとうと言った。
「は?僕の?誕生日?」
予想以上にびっくりしているリュカを見て、ビアンカは笑い転げていた。
「ビアンカ、笑ってないで、ちゃんと説明してくださいよ。」
ピエールに言われて、ビアンカは涙を拭きながら答えた。
「ごめんなさい。こんなにうまくいくとは思わなかったんだもん。それに、あのリュカったら…!」
耐えきれずまた笑い出したビアンカに少々むっとして、リュカは声をあげた。
「もー、なんだよ!なんなの、これは!」
「怒るでない、怒るでないよ。おまえさんの誕生パーティじゃよ。」
「…パーティ?」
「ご、ごめんね。そうなの。リュカのお誕生日のパーティなのよ。あなた、夏産まれだそうだから」
やっと笑いが落ち着いたビアンカが説明をした。
「僕の…誕生日?今日なの?ビアンカが知ってたの?」
「う〜ん、今日なのかどうかまでは、わからないんだ。ごめんね」
ビアンカは薄暗い食堂を、みんなの椅子の背を伝ってリュカの所まで行くと、彼の手を取っていつもの彼の席まで誘導しながら言った。
「何日なのかまでは覚えてないの。ただね、昔、父さんとサンタローズに行った時、サンチョさんが大きなケーキを焼いていたのよ。」
「これよりもっと大きいの?」
スラリンが聞いた。彼の透明な身体は蝋燭の灯りを取り込み、身体の中にたくさんの蝋燭の炎があるかの様に、きらきらと青く輝いて見えた。
「どうかな?これより大きいかもしれないし、小さいかもしれないし…私が、子供の時だからね。ただ、すごぉく大きなケーキだったのは覚えているの。」
ビアンカはリュカの席まで辿り着くと、椅子をひいて彼を座らせた。そして隣の自分の席に座って続けた。
「その時サンチョさんは、坊ちゃんが…坊ちゃんって、リュカのことなんだけど…『今日は坊ちゃんのお誕生日なんですよ。坊ちゃんはお戻りにならなかったけど、きっとどこかで旦那様とお祝いしているはずです。だから私もこうやって、お祝いしようと思ったんですよ。』って言ってたの」
ビアンカは一生懸命サンチョの事を思い出しながら、器用にサンチョの口調を真似て言った。リュカは、まるでそこにサンチョがいて、小さなビアンカのためにかがみこんで、にこにこしながら話しているような錯覚をおこした。
「それでね、サンチョさんが『こんなに暑いと、ケーキが残ってはだめになってしまいます。ビアンカちゃんも一緒にお祝いしてください。』って言って、私と父さんもいただいたの。それでも食べきれなくて、サンチョさんと二人で村の人にも配ってまわって、それでも残って、サンチョさんが『捨てるのはもったいないですね。あとであたしが食べましょう。また太ってしまいますよ』って笑ってたわ。」
仲間達は、サンチョという名前は聞いていたが、その人の話はリュカもビアンカもあまりしなかったので、珍しい昔話に興味を持って聞き入った。ビアンカは揺れる蝋燭の炎を見ながら、楽しそうに語った。
「その日はとっても暑い日だったわ。ケーキを配って歩きながらサンチョさんが、リュカが産まれたのもこんな風に暑い日だったって話してくれたの。ずっと雨が降らなくて、暑くてリュカのお母さんはおなかがおおきい間も、リュカを産んだときも大変だったって言ってたわ。リュカは産まれてすぐ、そのお日様に負けない位大きな声で泣いたんですって。その後、すっごい夕立が来て、みんな喜んだって言ってた。ちょうどケーキを配り終わってリュカの家に戻ったら夕立が来て、『坊ちゃんのお恵みですよ』ってサンチョさんがうれしそうに言ってたわ。」
リュカはサンチョが自分を溺愛していたことを思い出し、その親ばかぶりに赤くなり、照れを隠そうと少々ぶっきらぼうに言った。
「よくそんなこと、覚えてたね。」
「そうなのよ。ちょっとすごいでしょ。たぶん…サンチョさんもパパスおじさまも、そういうお話はなさらなかったから、めずらしくって覚えてたんじゃないかと思うのよ。」
ビアンカはリュカの口調を介さず、眉間にしわを寄せて、当時の自分の心理を分析するかのようにうんうんと頷きながら答えた。
「おとといね、雲を見てたらサンチョさんの事を思い出して…それで、このことも思い出したのよ。もうすぐ夏が終わっちゃうし、船を降りたらパーティのお料理なんてできないから、いまのうちにしようって思ったの。みんなに相談したら、賛成してくれたの。私はほんとは、昨日簡単にしようと思ったんだけど、みんながすごく乗り気で…」
「サプライズパーティーにしたんだにゃ!」
「さぷらいず?」
「ないしょで準備して、主役を驚かすパーティじゃよ。こんな風にな。ほれ、おまえさん達の結婚祝いも、サプライズパーティじゃったろ。」
「それでみんな…なんか、変だったの?すっかりはめられたよ。」
リュカがふくれて言ったので、みんなは笑い出した。
「うん。気が付かなかったでしょ。みんな、すごいチームワークだと思わない?」
ビアンカの言葉で仲間達はちょっと得意そうになった。だがそろそろ空腹も限界になった様で、ガンドフが大きな声で言った。
「リュカ…ろうそく…消して。ろうそく!ガンドフ…作った!」
「蝋燭?」
リュカはきょとんとしている。たまりかねてスラリンが言った。
「お誕生日の人は、ケーキの蝋燭をふーって消すんだって。それからじゃないとご馳走は食べられないんだよ。」
「そうしなくちゃいけない訳じゃないけど…私が知ってるお誕生パーティはそうだったかの。歳の数だけ蝋燭が立ってるから、一息で消して。」
ビアンカが小声で、補足した。
リュカはケーキと、ビアンカと、みんなとをかわるがわる見回した。仲間達はリュカを見つめ、その瞬間を待っている。ビアンカが、そっと頷く。
リュカは大きく息を吸い込むと、一気に蝋燭を吹き消した。
わっと歓声があがり、おめでとうの言葉が飛び交う。暗闇でマーリンが再び爆竹を鳴らした。
「わっ!マーリン!やめてくれにゃ!」
ドラきちが慌てて逃げて、壁にぶつかった。みんなは再びドアを開け放ち、大騒ぎしてランプをつけた。
「ああ!」
「おまえら!なにをしとるんじゃ!」
メッキーとスラリンは、既に口の周りにクリームをつけていた。
「つまみ食いした人には、ケーキなしよ!」
「ええ!そんなぁ!」
再び食堂に笑いが起こる。久しぶりに、船が笑いで満ちた。

みんなの熱烈な希望で、早々にケーキが切り分けられ、あっという間に大きなケーキのほとんどが、みんなの胃袋に収まった。しかしみんなの食欲は落ちることはなく、食卓の上のご馳走はつぎつぎと平らげられ、ビアンカはあわてて当番をしているスミスとパペックの分を取り分けねばならなかった。
「お誕生日って、産まれた日なんだにゃ?」
体中をクリームだらけにしたドラきちが、コドランになめられながらビアンカに聞いた。
「そうよ。みんな、お父さんとお母さんが産まれた日を覚えいていて、毎年お祝いするの。産まれてきてくれてありがとうって。」
ビアンカは楽しそうに答える。彼女は、まだ母が生きていた頃の誕生日を、父と二人になってからも、それはそれで楽しかった誕生日を思い出していた。二人とも、自分の実の親ではなかったが、それでも自分を精一杯愛してくれていた。毎年の誕生日はいつも楽しくて、楽しみで、幸せだった。
(今度は私が、リュカに幸せな誕生日を…)
美味しそうに料理をほおばるリュカを見て、ビアンカ胸がぽかぽかと温かくなるのを感じた。
「ビアンカの誕生日はいつなんだにゃ?」
「私は…春なの。一応ね。」
ビアンカは少々戸惑った。日付で答えようとしたのだが、その日は本当に自分が産まれた日ではないことを今はもう知っていたので、とりあえず季節で答えたのだ。
「ふ〜ん。だからビアンカの目は、春の空の色なんだにゃ。」
ドラきちの感想にビアンカはびっくりして、そしてとびっきりの笑顔になると、「ありがとう」と言って彼の触覚に軽いキスをした。ドラきちが照れて羽をばたつかせたのでクリームがコドランに飛び散り、コドランは喜んで今度は自分をなめはじめた。
これを横目で見ていたリュカは、ちょっとむっとしていたが、自分の為の祝いの席で不機嫌になるのは良くないとこらえて、固まりの肉に嫉妬をぶつけていた。

つづく

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