心の闇

6



「これで最後じゃぞ!」
遠くからマーリンの声が響いた。光のスジが夜空を登り、ひときわ大きな光の華を咲かせた。華はそのまま光の滝となり、船に降り注いだ。船は一瞬オレンジの光で包まれた。そして光は吸い込まれるように船にすぅっと溶けていき、そしてすぐに月に照らされた、いつもの船に戻った。
「ああ、終わっちゃったね。」
ため息混じりのスラリンの声が、静寂を取り戻した甲板に響く。
「来月…また、ぱーてー、ね?」
「そうね、また来月ね。」
ガンドフに答えてから、ビアンカは困ったようにリュカを見た。リュカはあわてて寝たふりをしたが、ビアンカは非情にもとっとと膝からリュカの頭を下ろした。
「空いたお皿下げてくるから、みんなはまだ食べててね。」
ビアンカはそう言うと、残った料理をまとめ、汚れた皿を持って台所へ去った。
「あっはっは、こんなところにたぬきがいるにゃ!」
ドラきちに言われ、リュカはばつが悪そうな顔をすると、むくりと起きあがり、近くにあったワインを一気にあおった。
花火打ち上げの大役を果たしたマーリンとコドランがもどってきた。コドランはビアンカがいないことに気が付くと、残り物をもらおうと、台所へと飛んでいった。
他の者達は、残った料理を我先にとつつきながらわいわいとしゃべり始めた。そのうち今日のパーティの準備の話題になり、いかにリュカに気付かれないように準備をするのが大変だったかという話が始まった。
「みんな、僕の知らないところでそんな事してたんだ…ぜんぜん気が付かなかったよ」
いじけるリュカのグラスにワインを注ぎながら、ガンドフが言った。
「みんな…リュカ、だいすき!リュカ、喜ぶ、思った。リュカ、うれしくない?」
「ううん、うれしいよ!うれしい、ありがとう」
リュカはあわてて笑顔になって、ワインを飲んで見せた。
「ただ、本当に気が付かなかったからさ、ちょっとショックだっただけだよ。」
「まぁまぁ、花火と料理以外は特別なことした訳じゃないから、わからなくて当然にゃ。みんな、ビアンカとマーリンの分まで仕事してたってだけだにゃ。」
「ろうそく!ガンドフ、ろうそく!」
「おお、そうじゃ、ケーキ用の小さい蝋燭がなくての、ガンドフとパペックが作ったんじゃよ。」
「へぇ…」
リュカは皿の端にあった小さな蝋燭を拾い上げ、船体のランプで照らして見た。よく見ると、少し毛が混じっている。
「パペックがあんなに器用とは思わなかったにゃ。」
「そうじゃな。パペットマンはぎくしゃく動くからもっと不器用なのかと思っとったんじゃがな。彼は操舵もうまいんじゃよ。パペットマンがみんな器用なのか、パペックが特別なのかはわからんがのう。先入観でとらえてはいかんということじゃな。」
マーリンはクッキーをかじりながら、しみじみと語った。
スラリンはクッキーの最後のひとかけらをマーリンがつまみ上げるより早くくわえると、ぽりぽりといい音を立ててかみ砕き、飲み込んでから言った。
「いろんな発見があって楽しかったね。またパーティがあるって思うと、おいらどんな旅でもがんばれるよ!」
「さっきからそればっかりだな、君は。」
ピエールにちゃちゃを入れられて、すらりんはむきになって言い返した。
「だって、楽しみなんだよ!ピエールはたのしみじゃないっていうのかい!」
「いいや、楽しみだよ。」
「だったら…一緒じゃん」
スラリンは気が抜けた様にしゅるしゅるとしぼんで潰れ、みんなはそれを見て大笑いした。

楽しい宴も終わりの時間がやってきた。皿は綺麗に空になり、ワインの樽も底が見えてきた。
ガンドフが樽を持ち上げ、残ったワインをピッチャーに注ぐ。そして皿やフォークをまとめると台所へさげにいった。転がしたままの空の樽にスラリンとドラきちとメッキーが潜り込み、ころころと転がして遊び始めた。
「おおい、そんなことしていると…」
ピエールが言い終える前に樽は船体に派手にぶちあたった。しかし中の連中は無事だったようで、今度は反対の方向へごろごろと転がり始めた。
「僕も樽に入ったけど、全然楽しくなかったよ。」
自重していたはずのリュカだが、どうやらそこそこ酔っぱらった様子で、あまりしない昔話を始めた。
「ヘンリーはさ、逃げられるってのんきに喜んで見せたけど、ほんとは怖がっているのがわかった。今思えばさ、マリアさんが一緒だったからかっこつけてたんだよね。僕のことはどーでもよかったんだよ。僕のこと心配してくれる人なんていないのさ。」
「ビアンカが心配していたでしょう。あなたのことを待ってたんでしょう。」
「ビアンカが待ってたのは僕じゃないんだよ」
リュカはピエールにくってかかった。
「帰ってきて欲しかったのは、僕じゃないんだ。ビアンカは…」
「おまえさんを待っとんたんじゃよ、ビアンカは」
リュカの言葉を遮り、マーリンが言った。
「あんな器量好し、いくら田舎に住んでおっても、男どもがほっとくわけなかろう。わしの知ってる限り、一番のべっぴんさんじゃよ。そう思わんか?」
リュカは不満そうな顔のまま頷いた。
「縁談の一つや二つあっても不思議じゃないじゃろ。病気の親父さんを安心させるために身を固めようと思うこともあったはずじゃよ。だのに独り身でいたのは、おまえさんを待ってたからじゃて。そうでなけりゃ、こんな辛い旅に一緒に来たりせんよ。そうじゃろ?」
リュカは再び頷いた。
「料理も上手で、作るのはおまえさんの好物ばかりじゃろう。しかも、わしらの様な魔物にも、人間と同じように接して、あまつさえ面倒見ながら一緒に旅するなんぞ、そうそうできるものではない。惚れた相手の為でもなけりゃ、こんな大変なことはせんて。」
「そ、そうかなぁ。」
「そりゃそうじゃよ。そう思うじゃろ?」
マーリンの巧みな話術に感心していたピエールは急に話をふられて慌て、いつになく大げさにあいづちをうった。
「そうですよ。うらやましいですよ。」
「あはは…そう?そうかなぁ。」
リュカはすっかりご機嫌になり、さきほどの愚痴はひっこんだ様だ。子供のようににこにこしているリュカにマーリンが言った。
「さぁさぁ、明日は入港じゃ。もう休みなさい。ビアンカもそろそろ片付けがおわるじゃろ。」
「え?マーリン達は?」
「私たちは当番ですよ。」
「そうか、かわってもらったんだよね。ごめんね。」
「いいですよ。その分明日楽させてもらいますから。早くおやすみなさい。」
「うん、おやすみなさい。今日はありがとう」
リュカは立ち上がり、ちょっと心配な足取りで歩き始めた。ゲレゲレも一緒に立ち上がったが、「これ、お前はもう少しわしらにつきあいなさい」とマーリンに言われ、またのしっと座ると気持ちよさそうにしっぽをとんとんと揺らした。

つづく

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