心の闇

7



歩いていくリュカを眺めながら、ピエールがささやいた。
「あなたが…味方でよかったですよ。」
「はて、なんでじゃ?」
「普通の戦いならいくらでもできますが、精神的な攻撃をされたら我々ただの魔物では応戦しようがありませんよ。ましてや…リュカは、もろすぎます。」
「あのくらいの年頃はみんなああいうものじゃよ。人間でも、魔物でも一緒じゃ。おまえさんだって無茶しておったろ?」
ピエールのスライムはあかくなり、騎士は具合悪そうに鎧をかちゃかちゃとならした。
「ええまぁ…お恥ずかしい。未だに未熟ですね、わたしは。」
マーリンはゲレゲレのふさふさとしたたてがみをなでながら、静かに言った。
「みんな、未熟なんじゃよ。だからいいんじゃ。完成してしまっては、あとは崩壊するだけじゃからな。しかし…」
マーリンは手を止めると、ピエールを見て言った。
「こんなにあちこちに恋敵を作るとは、パパスというのはたいした御仁なんじゃな。」
「は?あ、あの、そ、それは…」
ピエールは、自分の事を言われたと思い、ますます赤くなった。
「な、なんですか、急に!」
「わっはっは、おまえさんではないよ。」
「は?じゃ、だれのことを…」
「わしらは誰の話をしとったんだったかな?」
「…リュカですが…えええ!」
ピエールは自分の声に驚き、あわてて周りを見回してから、いっそう声をひそめてマーリンに聞いた。
「それじゃ、リュカが言ってたのは、パパス殿のことなんですか?」
「そうじゃろうな」
マーリンはまるで世界中が知っているという口調で答えた。
「だって、え?それって…」
「リュカの思いこみじゃろう。」
「そ、そうなんですか?」
「おまえさんはどう思うね?」
「それは…」
ピエールはビアンカの言動を思い返した。確かにパパスへのこだわりがあるとは思うが、そこに恋愛感情が介在しているようには思えない。
「私は魔物ですから、難しいことはわかりませんが…でも…」
「そうじゃろ?な?」
マーリンは自分の説が認められたことに満足した様子で頷いた。
「けれど、なんだってそんなこと…」
「気持ちというのは簡単にはいかないもんじゃ。それはおまえさんが一番わかっとるじゃろ。」
痛いところをつかれ、ピエールは言葉を引っ込めた。そしてしばらく考えてから、言った。
「私たちに、何かできないんでしょうか?」
マーリンはしばらく黙ってゲレゲレの毛を弄んでいたが、やがてまるで独り言のようにつぶやいた。
「…いにしえより伝わる勇者の伝説には、かならず天空人が関わっておる。その形は様々じゃがな。もし今、勇者が現れるのであれば、リュカにはビアンカが必要なはずじゃ。ビアンカが天空人であるのならな。」
「それは…リュカかビアンカが勇者になるということですか?」
マーリンは静かにかぶりを振った。
「勇者は生まれながらにして勇者だそうじゃ。あの二人が勇者ということはなかろう。だが…わしの仮説が正しければ…」
「仮説とは?」
「今はまだ、教えられんよ」
マーリンはふぉっふぉっと笑いながら答えた。
「仮説は仮説じゃ。ましてやこの仮説はあまりにばかばかしすぎて、お話にならん。じゃが、彼らと共にいればわしの求める答えはいつか得られると思っているんじゃよ。」
マーリンがこういう言い方をするときは、それ以上追求しても決して答えてもらえないことをピエールは既に学んでいた。ピエールはため息を着くと、質問を変えた。
「それで老師は…あの二人の関係はどうなるとお考えなんですか?我々はどうすれば?」
「なんにもしなくていいじゃろ。そのうちなんとか、なるようになるて。」
マーリンはしわしわの顔をいっそうしわしわにし、にかっと笑って言った。
「これは仮説ではなく、おいぼれの『カン』じゃがの」
「それは…最強ですね」
ピエールは少々面食らって、言った。
「最強じゃよ。年寄りの言うことは聞くもんじゃ。」
マーリンは満足そうにうんうんと頷いた。
「それでは、若輩者のわたくしが僭越ながら申し上げますが…そろそろ交代しないとパペック達が怒りませんかね?」
「おお!そうじゃった!」
マーリンが慌てて立ち上がったので、ゲレゲレが驚いてびくりとかまえた。
「もっと早く教えてくれんと!年寄りは物忘れが激しいんじゃ!」
「年寄りを口実になさるのはよくないと思いますよ。」
「おまえさんとて似たような事言って、最近手を抜いとるじゃろ。」
「あれは手抜きではなく、後進に試練を課しているんですよ。」
二人は好き勝手なことを言いながら、操舵室へと向かった。


つづく

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