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その頃リュカは、部屋の中をうろうろしていた。 早々に寝間着に着替えたリュカは、部屋の窓を閉め、カーテンを念入りに閉めて歩いた。ベッドの上掛けをまくってそこに座っていたが、しばらく考え、上掛けを元に戻し椅子に座った。日記をだして少し書き足し、またしまう。ベッドに再び腰を下ろし、部屋の中を確認する。灯りが気になり、枕元のランプを灯すと、壁のランプと、机の蝋燭を消した。またベッドに腰掛け満足そうに頷いたが、今度は脱いだまま椅子に無造作に掛けた服が気になり、きれいにたたんで椅子の座面に置いた。それでもまだ手持ちぶさただったので、荷造りした自分の荷物を確認した。元々たいした量がない彼の荷物はトランクにすべておさまっている。彼はしばらく考えてから、日記とペンとインク壺を引き出しからだしてきて、トランクの一番上にしまった。ベッドに戻り、しばらく座っていたが、おもむろに横になった。すぐに落ち着かなくなりごろごろと寝返りをうつ。起きあがると上掛けを整え、あぐらをかいてつぶやいた。 「…ちょっと遅すぎない?」 台所の側まで行くと、廊下はいい匂いであふれていた。薄暗い廊下に、台所の扉の隙間から漏れる灯りがちらちら踊っている。扉を開けなくても、中がずいぶんにぎやかなのがわかった。 リュカはため息をつき、廊下を引き返そうとしたが、やはり思い返し、台所の扉を開けた。 そこでは夜中だというのに仲間達がわいわいと騒いでいた。スミスとパペックが食事をしていて、スラリンやメッキー達が好き勝手な事をいいながらうろうろしている。そしてビアンカは、キッチンストーブの前でフライパンと格闘していた。ビアンカの横には焼き上がったクレープが積みあげられている。 リュカに気付いた仲間達は、みんなが一斉にリュカに状況を説明しようとしゃべり始めた。みんなは少々興奮気味にしゃべっていたので、詳しい事は聞き取れなかったが、誰かが誰かのケーキを食べてしまい、今かわりのケーキを作っているということはなんとか理解でした。 リュカはがっかりした。心の底からがっかりした。 だが、なんとか持ちこたえ、表面には出さなかった。 「そうか、ケーキは大事だもんね。」 やっとのことでそう答えて、みんなの間を抜けてビアンカに近づいた。 ビアンカは手早くフライパンの上のクレープをひっくり返し、一呼吸置いてから、ひっくり返して置いてあるざるに上げる。そしてフライパンの表面に布にしみこませた油を塗ると次の種を注ぎ、重いフライパンを傾けて種を全体に行き渡らせた。そこまでしてからリュカを見て、困った顔をして言った。 「つまり…こういうことなの。ごめんなさい。」 リュカは仕方ないよ、という様に肩をすくめた。 「なんか、僕に手伝える?」 ビアンカは台所を見回した。 「う〜ん…今はないかな。」 ビアンカはまた一枚クレープを焼き上げて答えた。 リュカは彼女の忙しそうな手元を見て考えた。確かにこの作業をしながらリュカに作業の指示をするのは無理だろう。だったら、せめて邪魔をしないことにした。 「それじゃ、部屋に戻ってるよ。なんか手伝えることができたら、呼んでね。」 「ありがとう。でも…もう少しかかるわ。なるべく急ぐけど…先に寝ててもいいのよ」 「大丈夫だよ。荷造りがまだあるし。」 「そう…?でも、無理しないでね。」 リュカは肩を落とし台所を出たが、くるりと振り向くと誰にともなく言った。 「コーヒー、ある?」 ポットいっぱいの、少々煮詰まったコーヒーを持って、リュカはとぼとぼと部屋に戻ってきた。 とりあえずコーヒーを一杯一気に飲むと、トランクから日記を取り出し、再び数行書き足した。それをトランクに入れたら、荷造りは終了だ。念のためクローゼットを開けてみたが、中はからっぽだ。彼はむなしく戸を閉めた。椅子に座って再びコーヒーを飲むが、静かな部屋に一人でいると睡魔が襲ってきた。百戦錬磨の彼であっても、この敵はなかなか手強かった。彼は蝋燭とランプを全て灯し、全ての窓を開け夜風を部屋に入れた。 「あんなに飲むんじゃなかった…」 重くなった瞼を引き上げながら、彼はつぶやいた。 ビアンカがどんなに急いでも、あと数分で戻ってくるということはないだろう。 リュカはなんとか睡魔と戦おうと、立ったり座ったり、部屋の中を歩いたり、腕立て伏せをしたりしていた。 「さぁ、できた!」 ビアンカの前にはケーキが3つ並んでいた。 小さいのを一つずつスミスとパペックの前に置く。 「さぁ、どうぞ。二人とも、今日はありがとう。」 「こ、こ、これ、い…いいのか?ま、丸いの……ぜ、ぜ、ぜんぶ、た、食べ…て…」 「もちろんよ。あなた達の為に作ったんですもの。」 ビアンカがにっこり微笑んで言うと、パペックもうれしそうに首をくるくる回して答えた。 「いーなー、いーなー」 「大丈夫、あなた達の分もあるわよ。」 残った大きなケーキにナイフを入れ一切れ切り出すと、小さな仲間達は歓声を上げた。 3つのケーキはどれも、クレープを重ね、間に昼間のケーキの残りのクリームや、ジャムやプリザーブをはさんで作ってあった。ふくらし粉がもう無かったので、苦肉の策だったのだが、昼間のケーキとは全く違う物になったので、かえって小さな仲間達は興奮した。 その場にいた者の分を皿に盛ると、残りのケーキにふきんを掛けた。 「スラリン、それを食べ終わったら、まだ起きている人達に、ケーキがありますよって伝えてちょうだい。ピエールとドラきちが食べるなら、その間当番をかわってあげてね。」 「はーい!」 もう既に一口かぶりついたスラリンは、元気良く返事をした。 「ねぇ、いらないって言われたら?」 「その時は…その人と相談してちょうだい。」 スラリンはたぶんピエールの事を言っているのだろう。ビアンカは笑った。 彼女はキッチンストーブの火を始末し、やかんのお茶をポットに移し、ケーキを二切れ皿に取るとトレイに乗せた。 「あとはお願いして大丈夫かしら?」 「はーい!」 「ま、ま、ま、まかせ…て…く、くれ……!」 元気な返事に少々不安を感じたが、ケーキを配って歩く元気は残っていなかったので、彼女はトレイを持って台所を後にした。 寝室の扉は薄く開いて、そこから夜風が廊下に吹き込んでいた。 ビアンカは肘を使ってそっと扉を開けた。窓は開け放され、灯りは煌々と輝き、リュカは…うつぶせになって床に転がっていた。どうやら腕立て伏せの途中で睡魔に負けたらしい。 そっと部屋に入り、机の上にトレイを置くと、リュカの側に跪いて声をかけてみた。だが彼はびくともしない。とりあえず彼はそのまま放置して、窓とカーテンを閉め、灯りを一つ残して消して歩く。カーテンの向こうで寝間着に着替え、ベッドの上掛けをめくると、もう一度リュカの所へ戻り、声をかけた。 「リュカ〜、そんなところで寝てると風邪ひくわよ。起きて〜」 体をゆすってみるが、びくともしない。ビアンカはそこに座り込み、ため息をついた。 リュカが意外と酒に弱いことに、ビアンカは気が付いていた。そしてこういう風になるともう起きないことも。普段ここまで飲むことはめったにないのだが、ポートセルミに泊まったときや、船の上でみんなが結婚祝いをしてくれたときなど、こんな風に眠りこけてしまい、朝まで起きなかった。 ビアンカはリュカと並んで床にころんと横になり、彼の顔をのぞき込んだ。陸路で野宿している様な時の彼は、熟睡することはなく敵の気配に敏感に反応するし、その精悍な寝顔は頼もしく、ちょっとドキドキしたが、しかし、確実に二人の間に長い時間が流れた事を感じさせ寂しくもあった。だが、こんな時の彼の寝顔は、小さかった頃と変わらず、ビアンカを安心させた。 ビアンカはしばらく、リュカの鼻をつまんだり、耳をひっぱったり、頬をつついたり無駄な抵抗をしていたが、とうとう起こすのをあきらめた。 (仕方ないな…誰か呼んで、ベッドに運んでもらおう) 自分の顔をリュカの寝息を感じるくらいに近づけ、そっと、小さな声で言った。 「あーあ、せっかく一緒に寝られるのにね。」 その瞬間…リュカがぱっと目を開けた。 ビアンカはびっくりして、固まった。 二人はしばらく、至近距離で見つめ合った。 やがて最初に動いたのはリュカだった。 「……ビアンカ……」 リュカはぱっと身体を起こすと、まだ驚いて、そのままでいたビアンカを抱きしめた。 ビアンカはされるがままになっていたが、リュカの体温と重みを感じ、やっと状況が飲み込めた。 「ちょ…ちょっと、リュカ、あの…リュカ?」 だがリュカは答えない。彼の荒い息づかいがビアンカの耳をくすぐる。 (ちょっと待って〜、そんな、急に、心の準備が!) ビアンカはぎゅっと目をつぶり、身体を硬くした。 「あの、リュカ、ちょっと、こ、こんな所で、あの…」 「……じゃだめなの?」 「…え?」 耳元でかすかに聞こえたリュカの声に、ビアンカはそっと目を開けた。 「あの、今、なんて…」 リュカはもう一度、今度ははっきりと、言った。 「どうして、僕じゃだめなの?」 |
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02/20/06より小ネタの更新を駄日記にて公開しています よろしくお願いします。 |
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