『きれい』とか『かわいい』と言われるのには慣れている。 物心ついた頃から、私のまわりの大人達は、私にそう言っていた。 でもそれは、私の家が大きな旅館だから。 街の人は、父さんの為に私にお世辞を言うし、お客さんは無難に褒めているだけ。 父さんと母さんは、親だからそう言うのは自然なこと。 鏡をいくら見ても、そこにいるのは『どっちかっていえば、かわいいほう』程度の女の子。 だから、お世辞やおべっかで『かわいい』と言われるのは嫌だった。 でも、父さんの商売のために、にっこり笑って「ありがとう」と答えていた。 山奥の村に行ってからも同じ事を言われた。 父さんはもう大きな旅館の主人でなかったけど、あの村は女の子が少なかったから、お嫁さんを確保するため、女の子なら誰でも褒められるのはわかっていた。 だからそれまでの様に、気に留めていなかった。 久しぶりに会ったリュカが私を『きれいになった』と言ってくれた時はうれしかった。でも、リュカがお愛想を言えるだけの大人になったんだな、と思い、ちょっと寂しかった。 旅の途中でそう言うのも、私が食事を作ったりしているお礼と、ご機嫌をとっているだけ。 私はいつもの様に、にっこり笑って流していた。 本当にかわいくてきれいなのは、フローラさんの様な人。 見た目だけでなくて、内面もしっかりしていて、教養があって、周りの人のことを一生懸命考えていて。 私は、自分のことを『どっちかっていえば、かわいいほう』と思っていたのは、とんでもない思い上がりだということを思い知った。 リュカがフローラさんがいない場でどんなに私に『きれい』とか『かわいい』と言っていても、彼女の本当の美しさと並べてみたら・・・ リュカへの自分の気持ちに気付いたあの夜、かすかな痛みは一晩中癒えることはなかった。 だから、リュカが自分を選んだ時は、信じられなかった。うれしかった。 だけど、こんなにきれいな人を選ばないのはなぜなんだろうと思った。 結婚式の時に会ったマリアさんもきれいな方だった。 清楚で可憐で、慎ましくてだけど堂々としていて。 本当に美しい人達に囲まれて、私は逃げてしまいたかった。 だけどフローラさんのお母様と話をしていた時、昔、母さんが言っていたことを思い出した。 思春期の頃、お世辞で褒められるのは嫌だと言ってよく拗ねていた。 父さんはその度、本当にかわいいんだからしかたがないと親ばかな事を言っていた。 でもある日、母さんは言った。 そんな風にいじけている姿は醜い。 他人の評価を気にする姿も醜い。 大切なのは、自分をしっかり持って、自分らしくいることだ。 美しいというのは、自分のすべき役目を果たし、他人のために尽くす姿だ。 自分の事ばかり考えている今の姿を美しいというのは、確かにお世辞以外の何者でもないだろうと。 母さんがいなくなり、忙しい日々の中で、大切なことを忘れていたんだ。 リュカは、私を選んでくれた。 だから、他の人と比べてみじめになったりしないで、私は私らしく、もっと自信を持って、自分のすべき役目を果たそう思った。 だけど・・・また一緒に旅をする様になってから、リュカが私に『かわいい』とか『きれい』と言うのを・・・以前のようにうまく流せなくなってしまった。 どきどきしてしまって、なんて答えたらいいのかわからなくなる。 自分が真っ赤になるのがわかって、いたたまれなくなる。 そして・・・ちょっと悲しくなる。 どうしてそうなってしまうのかわからなかった。そんな自分が嫌で嫌でたまらなかった。そんな事を気にしている場合ではない。もっと大切な、しなければならない事があるのに。 そして最近・・・私は気付いた。リュカに褒められて、どうしてドキドキしてしまうのかを。 私は・・・私はリュカに、本当にそう思われたいんだ。 リュカに、きれいだと思われたい。 かわいって思われたい。 でも、彼がそういう事を口にするとき、本心からではないのだろうと思って・・・つらくなっていたんだ。 そして、そんな事を考えている自分が恥ずかしかったんだ。 リュカはどんなつもりで、私にそう言うんだろう。 リュカはどうして私を選んだんだろう。 自分らしくいればいい、自分の役目を果たしていれば、自分の事だけを考えないようにしていれば・・・それはわかっていても、それでもどうしても考えてしまう。 リュカはたくましくなった。男らしくなって、とても頼りになる。 時々、小さな頃のままだと感じることもあるけど、会わない間に本当に成長したと思う。 でも私は・・・なに一つ変わっていない。 未だに自分の事ばかり考えている。自分のことさえ守れない。 私は・・・ここにいていいんだろうか? やっぱり私なんかより、フローラさんの方が相応しかったんじゃないのかな? |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||