オルゴール

<オルゴール 1話>

その音は、頑強に守られた大きなお城のずっと奥、塔の上にある部屋から、そっと毎日聞こえてくる。
星座が空を巡り、眠そうな月がお休みなさいを告げる頃、その優しい音色は塔を包み、ベッドに入ったちいさな二人の子供を夢の世界へと導いていた。

「ねぇ、サンチョ。前から聞いてみたかったんだけど・・・」
金の絹糸のような髪をおかっぱにした、夢見る瞳をした女の子ががそっとささやいた。
「どうしてこのオルゴールが、お母さんの子守歌なの?」
サンチョと呼ばれた、まるでハンプティダンプティの様な老家臣は、そろそろお休みなさいと言うように、そのメロディーをとめようとするオルゴールに手を伸ばしネジを巻いた。
「そういえばそうだよねぇ・・・」
夢の海に小舟をこぎ出そうとしていたところを引き戻された男の子は、夏の空の青をそのまま映したような瞳を一生懸命開きながら言った。
「おやおや、まだお話したことがありませんでしたかねぇ。これはうっかりしていました」
サンチョはオルゴールの蓋を再び開き、まるで遠い昔を見つめるような表情をして、夜の静寂を破らぬよう、低く、優しい声でぽつりぽつりと語り始めた。




 それは数年前、今はどこにいるのかわからないこの城の主が、春の光のように美しい奥方と、珍妙な、でも心優しい仲間達と共に、やっとこの城に戻ってきた頃のこと。
彼らと共にやってきたキラーパンサーが、サンチョの部屋のクローゼットを荒らしていた。
サンチョが気づいた時には、クローゼットの中はモンスターとの戦闘後のような無惨な状態になっており、サンチョは呆然と立ちつくした。
「あーあ・・・」
「ごめんね、ごめんね、サンチョ。僕、片付けるから。」
ゲレゲレという名の、そのキラーパンサーを探していた、城の主と奥方は、サンチョの部屋の前を通りかかり、この惨事の目撃者となった。
 サンチョは肩を落としため息をつくと、床に散らかったがらくたとも宝物ともつかないものを拾い上げながら答えた。
「いいですよ、そろそろ整理しなくちゃならないと思っていたところですし、ついでに虫干しでもしましょうかね。・・・それでゲレゲレ、おまえはどんな宝物を見つけたんだい?」
クローゼットの上段におさまったゲレゲレは、満足そうに毛繕いしながら、前足で何かを抱え込んでいた。ゲレゲレの飼い主でもあるリュカがそれをそっと取り上げると・・・
それは、精巧な細工で彩られたオルゴールだった。
「あれ?これは・・・僕のオルゴールだ!」
「おお!そうですよ!」
サンチョもつられて声を上げる。
「サンタローズから持ってきたんですよ!
村から逃げる時に、慌てて荷造りしたので、とりあえず手の届くところにあったのもを持って出たのですが・・・なぜか、これも持ってきたんですよ。ここに来て、それを見つけて、懐かしくてなんどか蓋を開けたのですが、それを聞くたび坊ちゃんを思いだしてしまって・・・」
サンチョは、当時の事を思い出し、しばし言葉を止めた。
「そして・・・とうとうここにしまいこんだんですよ。そのうちすっかり忘れてしまったんですね。申し訳ありません。」
「いいんだよ。持ってきてくれてありがとう。サンチョ」
リュカは、旅の途中で寄ったサンタローズを思い出した。荒らされ、土台だけになった昔の我が家・・・なにもかも無くしたと思っていた過去が、こんなところに残っていたなんて。
ゲレゲレは、せっかく見つけた宝物を取り上げられ、不機嫌そうにしっぽを振るとクローゼットからひらりと飛び降り、主の横に並んでねだるように身体をすりつけた。
「懐かしいなぁ・・・そのまんまだね」
リュカはそっとオルゴールをひっくり返し、底のネジを巻くと蓋を開けた。オルゴールから流れ出す異国のメロディーにのって、きらきらと輝くような子供の頃の想い出があふれれだした。
「ビアンカ、これね、僕が小さい頃大事にしていたオルゴールなんだ。この曲が大好きで、いつもこれを聴いて寝てたんだよ。」
そう言って見上げたビアンカの春の空のような水色の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいることにリュカは気づいた。。
「ビアンカ、どうしたの?」
ビアンカはじっとオルゴールを見つめ、黙ったまま困ったような、怒ったような表情をしている。頬は桜色に染まり、それは彼女の空色の瞳と新雪の様な白い肌をよりいっそう引き立てて、リュカもサンチョもそのあまりの美しさにただ見とれていた。
彼らの視線に気づき、ビアンカはますます頬を赤くすると、くるりときびすを返すと走り去った。
「ビアンカ!」
「ビアンカちゃん!」
サンチョは、まだ再会して日の浅い彼女への新しい呼び方に慣れずにいたため、つい昔の呼び方が口を出た。
「どうしちゃったんだろう」
「坊ちゃん・・・このオルゴールは、もともとはビアンカちゃんのものだったんですよ。」
「え?」
サンチョは、呆然とするリュカを、とがめるように小さく首を振った。

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