サラボナは内陸にある街だ。 その夕日は、街の西側、河の向こうの島を包む森に沈む。 しかし、少女の瞳は、うっとりと夢見るように幼い頃に毎日見ていた、海に溶けるように落ちていく夕日を映していた。 燃えるような陽の輝きを受け、少女の浅葱色髪は昼と夜の堺を彩る空と同じ色に染まって見えた。 サラボナの白薔薇・・・それは少女の養父が好んで使う少女への賛辞だ。 たしかに少女は、白薔薇さえも恥じらうであろう可憐な容姿を持っていた。 しかし、温室で大切に育てられる白薔薇より、嵐にも折れることなく自らの力で野にりんと咲く百合の花の方がよく似合う。 幼い頃から彼女を良く知るアンディは、その美しい夕暮れと、そのまま夕暮れの空にとけ込んでしまいそうな美しい幼なじみに見とれながら、思った。 その幻想的な風景は、誰も犯してはいけないような気がしたが、彼はしばしためらった後、禁を犯す罪人の気分を味わいながら声をかけた。 「フローラ!」 夢の国から引き戻された少女は、まだ現実の世界になじめない様子で、すぐには返事をせずぼんやりとアンディを見ていた。 「また、夕日を見ていたんだね」 「違うわ。夕日を見ていたんじゃない。昔を・・・見ていたのよ」 彼女が物心ついたころ、彼女の世界は、彼女が育った施設のある村と、村の後ろに広がる大きな森と、丘の上に立つ修道院と、荒く広がる海が全てだった。 しかし、彼女はそれで満足していた。 他の子供達のように、大人になったらもっと広い世界に乗り出したいとは思っていなかった。 施設での生活に不満はなかったし、毎日手伝う修道院の仕事も彼女にとっては楽しいことであった。 『ここで大きくなって、施設の仕事をお手伝いするか、修道院に入りたい』 それが彼女の夢であり、その夢は叶うであろうと彼女は信じていた。 綿菓子の様な夏の雲が空に浮かぶ初夏のある日、彼女のその夢はいとも簡単にうち砕かれた。 その日、村と修道院は大切な客を迎えていた。フローラがいた施設の子供達も、大人達の緊張を感じぴりぴりしていた。 「ルドマンさんが来てるんだ!ここにも来るかもしれないぞ!」 年上の男の子が、髪の毛をなでつけながら叫んだ。 「俺は船乗りになりたいんだ!ルドマンさん、雇ってくれるかな?」 「そのボタンのかけ方では、まだまだ無理だと思うわよ」 小さな子供達の世話をしている施設の女性が、彼の掛け違えたボタンをなおしてやりながら笑った。 そして、小さな包みをフローラに渡した。 「フローラ、修道院までお使いを頼めるかしら。」 フローラは小さな声で「はい」と答えると、はしゃぐ少年達を残し施設を出た。 ルドマンという名は、フローラのような小さな子供でも知っている。この施設の持ち主だ。 それだけではない。施設のある村で取れた作物や工芸品は、全部ルドマンさんが買い取っているし、修道院にもいつも多額の寄付をしている。 森の向こうにある港町では、宿屋や飲み屋や劇場を持っているという話だし(もっともフローラは、飲み屋とか劇場というのがなになのか知らなかったが)、ルドマンさんの船が所有しているいろいろな船がしょっちゅう停泊しているらしかった。 フローラがいるこの施設は、何代か前のルドマンが建てたもので、身よりのない小さな子供や、事情があって親が育てられない小さな子供が引き取られてきて、ここで過ごしている。 贅沢な暮らしではないが、惨めな思いをしないでいいだけの生活はできたいたし、きちんと教育も受けられたので、子供達は施設の暮らしに不満を持つことはなかった。 しかも、ここで育った子供達はほとんどが、大きくなったらルドマンが経営するどこかで働くことができてる。 よほど羽目を外すことがなければ、それぞれの子供の資質に合わせた就職先が提供された。 ルドマンとは、世界各地にそれだけの事業を展開していたのだ。 ルドマンは、施設に肖像画を飾ることも、子供達に無理に名前を覚えさせることもしなかった。 しかし、子供の周りにいる大人達は、確実にルドマンの恩恵を受けて生活しているし、ルドマンはこの村では、決して悪いレートを示さなかったので、大人達はルドマンに悪い思いを持っていなかった。 だから、大人達は「わたしたちがこうして生活できるのは、ルドマンさんのおかげだ」と事ある毎に言っていたし、子供達はいろんな人に「お前達は、ルドマンさんの施設に引き取られて幸せだ。他のところではこうはいかないよ」と言われていた。 この環境は子供達の意識下に、ルドマンからの恩恵と、見えない足かせを植え付けていた。 |
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