白薔薇の娘

<白薔薇の娘 11話>
「もうしわけございませんでした。」
ルドマンの後に続いて退室したメイド達は、どう言ったらよいのかわからず、とりあえず無難な言葉を口にした。
「なにをあやまる。教えてもらってよかったよ。嵐が恐いことなど、わすれておったからな。」ルドマンは上機嫌で、まるでスキップするかのように軽やかな足取りで先を歩きながら言った。「お話は、ずいぶん気に入っていた様だな。」
「驚きました。」つい、ジリアンはそう行ってしまい、あわてて口をふさいだ。「も、申し訳ございません。」あわててかわりにサリーが頭を下げる。
ルドマンは立ち止まって振り向き、二人をぎょっとさせたが、すぐに大声で笑い出した。
「かまわん、かまわんよ。わたしも驚いているからな。そうか、おまえ達が驚くほど気に入っていたか。わっはっは」
ルドマンの言葉に、二人はほっとした。
「いや、いいことを教えてもらったよ。おまえ達は良いメイドだ。フローラをよろしく頼むぞ。」そして「ここまでで、よろしい」と言うと、鼻歌を歌いながら一人で部屋に戻っていった。

フローラはもう寝息を立てていた。フローラの掛け布団を整えると、メイド達はそっと部屋を出て、控え室に戻った。
「本当に、呼びに行くとは思わなかったわよ。無茶するわね!」ドアを閉めたのを確認して、ジリアンが小声で言う。
「無茶はあんたでしょ。なによ、驚きました、って!」顔を赤くしながら、サリーが言い返した。「あの場に秘書がいたら、私たち、次の港でおいてきぼりよ!」
二人はにらみ合ったが、次の瞬間、同時に爆笑した。そして、二人で慌てて「シー!シー!」といい、ドアを開けて耳を澄ました。どうやらフローラは、目を覚まさなかった様だ。
「確かに、ルドマン様の訪問は強烈なショックだったみたいね。」ジリアンが感心て言った。
フローラが嵐でパニックになっているとき、サリーが「もっと強烈なショックがあれば、嵐を忘れるんじゃないかしら」と言って、ルドマンを呼びに行ったのだ。
「あんなにすんなりいらっしゃるとは思わなかったわ。」大仕事を終えたサリーは、緊張して堅くなった肩をさすりながら、お茶を入れるジリアンに言った。「あんたこそ、おはなしを、なんて、よくルドマン様に言ったわね。」
「ルドマン様があんなお話知ってるなんて、驚いたわ。」
「驚いたのって・・・そっち?」
「あたりまえでしょ?」
二人は今度は大声を出さぬよう、必死で笑いをかみ殺した。

その頃・・・ルドマンの書斎の前に立っていた秘書は、不思議な現象を目撃した。スキップをしていると言ったら、スキップに怒られそうだが、どうしてもそうにしか見えない足取りでルドマンが歩いてきたのだ。
秘書は、必死で冷静を装って言った。
「お帰りなさいませ、どちらへ?」
「フローラに、お話をしに行っとった。」
秘書は、先ほどのショックを上回る衝撃を受けた。
「お話・・・ですか?」
「ああ、嵐が恐かったらしくてな、お話をしたら、すぐに寝たよ。」ルドマンは上機嫌で説明した。
「はぁ・・・」珍しく動揺を隠せずに、秘書はぼんやりした返事をした。

翌朝、食堂の外に控えているメイド達を秘書はちらりと見たが、なにも言わずに通り過ぎた。メイド達は、昨夜ルドマンをあやつっていた時以上に、秘書になにか言われるだろうと緊張していたが、秘書の態度を見て、自分たちの勝利を確信した。

その朝の食卓は、前日までと違ってしごく和やかだった。
フローラは相変わらず自らおしゃべりはしなかったが、ルドマンに「昨夜は眠れたかい?」と聞かれると「はい」だけでなく「ありがとう」までつけて、ルドマンを有頂天にさせ、食事が終わったときには「お話は?」と聞いた。
「昼間は仕事があるからな、また寝る前にしてあげよう。待ってなさい」
「はい」

部屋に戻ったフローラは、昨日ほどの疲れは見せなかった。
メイド達は、こっそり目配せをした。
ルドマンは約束通り、フローラがいつもお休みなさいの挨拶に行く時間にフローラの部屋に現れ、昨日の続きを聞かせた。
「そろそろ寝る時間だよ。おやすみ。」
「つづきは?」
「また、明日の夜してあげよう」
そしてまた、指切りをするとルドマンはそっと部屋を出る。
翌日からは、約束しなくても、これがフローラの就寝前の恒例の儀式となった。

ルドマンもフローラに慣れてきて、子供の好みが多少わかってきたようだった。食事の席ではいままでのような難しい商売の話や精神論ではなく、これから行く予定の街の話や、屋敷のあるサラボナの話、そしてそこでやきもきしながら待っているであろう夫人の話をするようになった。

航海は順調で、予定通り明日には次の寄港地に着こうとしていた。
「ルドマン様が、子供にするようなお話を、こんなにたくさんご存じとは思いませんでした。」
秘書の言葉に、ルドマンは笑って答えた。
「たくさん知っている訳ではないよ。たまたま覚えていた話が、長い話だっただけだ」
「長い話、ですか?」
「ああ」ルドマンは、手にした書類を机に置き、秘書に背を向けると、パイプに手を伸ばした。
「親父にもらった本だ。」それだけ答えると、ルドマンは黙ってパイプをふかした。


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