白薔薇の娘

<白薔薇の娘 12話>
次の寄港地に着いたのは、遅い午後だった。
その港町は本当に小さく、フローラが育った村のとなりの港町よりもっと小さかった。ルドマンの大きな船は直接接岸する事ができず、沖に停泊して港までは小さな船で移動する。
「ルドマン様が、フローラ様とご一緒にお出かけになるそうだ。」
秘書にそう言われ、女中達は慌てた。ルドマンが商売相手と会うのは明日だと聞いていたし、この港にはろくな宿も観光地もないので、船を降りないと思っていたからだ。
女中達は、フローラの身支度をすると甲板へと急いだ。
岸には、馬車が待っていた。ルドマンは、メイド達をそこに残し、フローラと共に馬車に乗り込んだ。久しぶりの陸地に、フローラは緊張した。揺れない床は、なんだか不思議な感じだった。港町は小さくとも、村育ちのフローラにとってはなにもかも珍しく、フローラは席にじっと座っていることができず、つい窓枠に手を掛け腰を浮かせ、外の町並みを見た。そのとき、馬車ががたりと揺れ、フローラはバランスを崩しよろめいた。ぶつかる!フローラは思わず目をつぶったが、その身体をルドマンが支えた。
「わっはっは、外が見たいか。それなら、こうしよう。」ルドマンはフローラを抱き上げ、自分の膝に乗せた。「どうだ、これならよく見えるだろう。もっともこの街は、面白い物はないがな。次に行くオラクルベリーの方がずーっと面白いぞ。」
フローラは、ルドマンの膝で真っ赤になり、黙って縮こまっていた。しかしその緊張も、外の景色の魅力に負けて、やがて窓に顔をくっつけるようにして外を見始めた。
「ほら、あそこに教会が見えるぞ。ここの街の教会は、屋根の上に鳥の飾りがあるんだよ。見えるかな?」ルドマンが指さす方向に目を凝らすと、確かに屋根の上に羽を広げた鳥がとまっているように見える。
「見えた!」フローラは思わず大きな声を出し、はっと我に返って黙った。しかしルドマンは上機嫌で言った。「おお、見えたか、見えたか。フローラは目がいいなぁ。」
フローラは叱られなかったことにほっとして、また外を見た。
やがて馬車は速度を落とし、小さな港に不釣り合いな豪華な装飾を施した店の前に止まった。御者がドアを開け、ルドマンが先に降りると、自らフローラを下ろそうとした。
「ルドマン様、わたくしが・・・」先に店に来ていた秘書が手を出そうとしたが、ルドマンはそれを制し、フローラを抱き上げ降ろすと、迎えに出た店の主人に一言二言言葉を掛けて、店に入っていった。
秘書に促されフローラも店にはいる。店の中には、あちこちに豪華なドレスが飾られ、片側の棚一面には布地の見本が、窓の間の小さな棚にはぬいぐるみやくつやバッグが飾ってあった。
「フローラ、こっちへおいで」フローラが初めて入る洋品店に驚き、ドアのところに立ちつくしていると、奥からルドマンが声を掛けた。
ルドマンは店の主人と、数人の店員に囲まれ、その前にはすでに何着かのドレスが並べられていた。
「おまえは、どれが好きかい?」知らない大人を見て、フローラはかしこまった。ルドマンが指したドレスはどれも、フローラにはきらきらで、見たこともないような飾りがしてあって、どうしてよいのかわからない。
フローラはルドマンとドレスを交互に見ていたが、店員達が自分を見る視線に気づくとどうにも落ち着かなくなり、だまってルドマンの後ろに隠れた。
「わっはっは、いや、すまないね。まだ人見知りをするものでな。」ルドマンはフローラに頼られ、機嫌良く笑っていた。
「そうだな・・・これと、これを、この子にあう色で仕立ててくれ。」ルドマンは適当に見繕うと、店員に指示をした。「靴やなにかも、任せるよ。とにかく、この子に相応しいものをな。」そう言って、フローラの頭をなでる。しかしフローラは、窓際に飾られた熊のぬいぐるみに気を取られていた。ルドマンがフローラの視線に気づき窓際を見る。そこには熊のぬいぐるみが3体仲良く並んでる。窓際に歩み寄るとフローラを振り返り、「お前が気に入ったのはどれだね?」と尋ねた。フローラがその場でもじもじしていると、秘書が小さな声で「ご遠慮なさらずに」とささやく。
フローラはもじもじしながらルドマンの横に並ぶと、一番端にある、他の熊とは毛色が違うものを指さした。
「さすがルドマン様のお嬢様、お目が高くていらっしゃる」主人はそのぬいぐるみを取り上げると、フローラに渡した。「これは極上の素材で、一流の職人が作った物です。お値段も他の物よりお高くなっておりますが・・・」
「値段は問題ではないよ」ルドマンが少々不機嫌そうな声で主人の話を遮った。主人は青ざめ、あわててお辞儀するとルドマンの後ろに下がった。大富豪のルドマンに値段の話など、馬鹿なことを口走ってしまった。ご機嫌を損ねてお帰りになるのではないだろうか。
しかし、ルドマンはそんなことなど気にしていなかった。ルドマンは、いつも受け身で主張をしないフローラが、自分の意見を言うところを見たかったのだ。
「大切なのは、フローラが気に入ったのかどうかだからな。どうだね、おまえはこれが欲しいのかい?」
フローラは困っていた。今までおねだりしたことも、なにかを買ってもらったこともないからだ。フローラはじっと熊のぬいぐるみを見つめた。その熊は、まるでフローラとはずっと昔からの知り合いのような気がした。フローラはしばらく考えていたが、ルドマンを見上げると小さく頷いた。
「そうかそうか、欲しいのか。ならこれももらうよ」ルドマンは、フローラが自分の意見を示したのにすっかり機嫌を良くし、上機嫌で主人に話しかけた。主人はなにがなんだかわからなかったが、親というのは誰でも、娘の言動に一喜一憂するものだということはわかっていたので、とりあえず深く考えないことにした。
「わかりました。ではすぐにお包み致します。」
「いや、ちょっとまってくれ・・・」下がろうとした主人をルドマンが呼び止めると、小声でささやいた。
「そ・・・それは・・・無理でございますよ。ドレスの仕立てもございますのに!」主人は本当に困った顔をして思わず声を大きくした。「ご出港にはとても間に合いません。」
「なら、出港を少し遅らせよう。どうせオラクルベリーではくだらんパーティーしかないからな。詳しい事は秘書に言え。」
「しかし・・・」
「金なら言い値を払おう。町中の針子を集めろ!できるな!」
そこまで言われては断ることはできない。主人はしぶしぶ承知した。そして「それでしたら・・・これは、すぐにはお渡しできません。出港までにドレスと一緒にお届け致しますが、よろしいでしょうか?」と、カウンターに置いた熊を指した。
ルドマンはフローラに、「あれは今は持っていけないそうだ。後でおまえのドレスと一緒に届くのでいいかな?」と身をかがめて聞いた。フローラはよくわからず、とにかく頷いた。
「ではお嬢様・・・採寸致しますので、こちらへおいでください。」
採寸を終えると秘書を残し、ルドマンとフローラは馬車に乗った。今度もまた、ルドマンが自らフローラを抱き上げて馬車に乗せたが、今度は秘書はなにも言わなかった。


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