白薔薇の娘

<白薔薇の娘 16話>
「まあ、旦那様、どうなさったんですか?」
ジリアンは先ほどの自分たちの話を聞かれたのではないかとドキドキしながら迎え入れた。
「いやなに、たいしたことはないのだが・・・」
ルドマンは部屋の中を見回した。新しいドレスが広げてある。
「散らかしておりまして・・・申し訳ありません。」サリーがあわててドレスをかき集める。
「いや、かまわん。かまわんよ。それは今日届いたドレスだね。」
ルドマンはフローラに歩み寄ると、着ていたドレスの飾りをそっと手に取った。
「うんうん、なかなかよくできとる。よく似合うよ、フローラ。これならどんなパーティーに行っても誰にも負けんな」
「あ、あの・・・そういうご予定が・・・」サリーがびっくりして、つい口をはさむ。
「心配するな。そんなことはせん。あんな野次馬の中にフローラを連れていったら、なにを言われるかわからんからな」
「も、申し訳ありません」サリーはほっとしながら、頭を下げた。
「気にすることはない。おまえ達がフローラのことを考えてくれているのはよくわかっているからな。本当に、おまえ達はよくやってくれているよ」
珍しいルドマンの褒め言葉に、二人は緊張して顔を真っ赤にした。しかしルドマンはメイド達の様子には気を留めず、隠し持っていた包みをフローラに渡した。
「これも・・・おまえにと思ってな。」
フローラは受け取って、メイド達を見る。サリーが「失礼いたします」と言って包みを受け取り、テーブルの上でそっと開いた。
「うわぁ!」
中身を見て、フローラは小さな歓声を上げた。そこには、フローラのドレスと同じデザインの小さなドレスが入っていた。
ルドマンはフローラの反応に気をよくし、笑顔で言った。
「おまえのドレスを頼んだ仕立屋に作らせたんだよ。出港に間に合うかわからなかったので黙っていたんだがね。」
早速サリーが、今着ているのと同じドレスを選んで熊のぬいぐるみに着せて、フローラに渡す。フローラは再び歓声を上げた。
それは、急ごしらえにしては良くできており、ぬいぐるみの熊は、小さなフローラがドレスを着ている姿によく似ていた。
ルドマンはフローラを抱き上げ、頭をなでながら言った。
「よく似合う、よーく似合うぞ。気に入ったかね?」
その時フローラは、ルドマンの後ろに控えていたジリアンと目があった。ジリアンは声を出さずに、『お・と・う・さ・ま』と口を動かした。
フローラは躊躇していた。サリーが「お気に召しましたよね、フローラ様。お礼を申し上げないんですか?」と声を掛ける。
フローラは大きく息を吸い込むと、消え入りそうに小さな声で言った。
「ありがとう。おとうさま・・・」
ルドマンは、その瞬間、動きを止めた。そして、しばらく呼吸をするのを忘れているのではないかとメイド達が心配になるほどじっとしていた。やがて、メイド達に向かい、震える声で言った。
「今・・・今、『おとうさま』と言ったか?聞こえたか?」
その顔は、血液が全て無くなってしまったのではないかと思われるほど蒼白で、瞬きを忘れた目は涙が潤んでいた。メイド達は、答えた。
「はい、聞こえました。」
「『おとうさま』とおっしゃいましたわ」
次の瞬間、ルドマンの顔には血液が戻り、真っ赤になった。目からは涙があふれて、紅潮した頬を伝った。
フローラはルドマンの涙を見て、たいそうびっくりした。
 −−−言っちゃいけなかったのかな?
フローラは、ぬいぐるみをぎゅっと抱き、ルドマンから少しでも身体を離そうとした。しかし、ルドマンはフローラをぎゅっと抱きしめると、危なっかしい足取りでぐるぐると回った。フローラは驚き、思わずルドマンの首にぎゅっとしがみついた。
「旦那様!危のうございます!」
あっけにとられていたメイド達が我に返り、あわててルドマンを止めた。
ルドマンはふらついて、ドシンとソファーに腰を下ろすと、改めてその膝にフローラを抱きなおした。
「おとうさまか!」
もう涙は止まっており、ルドマンはメイド達が見たこともない極上の笑顔でフローラを見た。
「この私を、お父様と呼んでくれたか、フローラ!」
フローラはどうしていいかわからず、ただおどおどしており、見かねたサリーが助け船を出した。
「旦那様、あまり大きなお声をだされては、フローラ様がびっくりなさってますわ」
「しかしな、やっと『お父様』と呼んでくれたんだぞ!ろくに話もせんのに!」
「フローラ様は、もともとおとなくしていらっしゃるんですよ」
ジリアンが、トレイに乗せたタオルを差し出しながら言った。
「昔から、たんとお話をするお子さまではなかったそうですよ。」
ルドマンは、顔を拭いて鼻をかみ、タオルをトレイに戻すと、フローラの浅葱色のおかっぱをなでた。
「そうかそうか、そんなおとなしい子だったのか。わたしはそんなことも知らなかったのか・・・なのに、そんな子が、お父様と言ってくれたのか・・・」
ルドマンの目にまた涙が浮かんできたので、ジリアンは慌てて新しいタオルを用意した。


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