白薔薇の娘

<白薔薇の娘 20話>
やがて小舟が、両手いっぱいに野草の花を抱えたフローラを乗せて戻ってきた。
「まぁ、かわいらしいお花ですこと!」
ルドマンに抱かれ甲板に戻ってきたフローラを見て、メイド達は簡単の声を上げた。フローラはにこにこしながら後ろを指す。そこにはごつい船員が、彼にはおよそ不似合いな野草がの花がいっぱい入ったバスケットを持って階段を上ってきた。
「お父様と一緒に摘んだんだよな。」とルドマンはご機嫌で言った。
メイド達はたいそう驚いたが、辛うじて顔には出さずにいられた。

船は次の寄港地、ビスタに向けて出発した。
ルドマンは書斎で、今視察してきた島に出すカジノとホテルの計画について、秘書と話をしていた。誰かが小さく部屋のドアをノックする音がした。
「おはいり」
ルドマンが言うと、ドアが開いた。そしてそこには、花をいっぱいに飾った花瓶が立っていた。
ルドマンも秘書も驚いて、呆然と花瓶を眺めた。しかしよく見ると、それは花瓶に足が生えたものではなく、メイドに支えられ、花瓶を持ったフローラだった。
「フローラ!どうしたんだね!」
ルドマンは慌てて立ち上がるとフローラに駆け寄り、花瓶を取り上げた。そして一緒にいたサリーに、なにをさせているんだ、という視線を向けたが、サリーは動じず、最近のルドマン対策としてもっとも効果のある言葉を出した。
「フローラ様が、どうしてもご自分で、お父様にお持ちしたいとおっしゃったのものですから。」
やっと手が自由になったフローラは両手をぷるぷるとふっていた。そしてルドマンに「どうぞ、飾ってください」とたどたどしく言った。
その花は、さっきフローラが摘んできた野草の花だった。
ルドマンは花を褒めちぎり、書斎の机の上に置くとフローラを抱き上げて、そのかわいらしいピンクの頬にたばこ臭いキスをした。フローラはしかめっ面をしたが、嫌がったり頬を拭くようなことはしなかったので、サリーはほっと胸をなで下ろした。

ルドマンの指示でフローラを書斎に残し、お茶の準備に厨房に来たサリーは、そこでお茶を飲みながらしゃべっているジリアンを見つけるとその前に仁王立ちになり、言った。
「旦那様、あの花をフローラ様が生けたと思っていらっしゃるわよ。まだ下手だけど、味のある生け方だったて!」
厨房に爆笑がおこった。
「ちょっと待ってよ〜!」
吹き出したお茶を慌てて拭きながら、ジリアンが真っ赤になって言った。
「あんた、なんて言ったのよ!」
「何も言ってません。旦那様がご自分で、そうお思いになったんです。」
「訂正してよ、そういう時は!」
「だって、何も聞かれなかったんだもーん」
「ジリアン、あんた、もうちょっと勉強しないとクビになるよ。お嫁にだって行けやしないよ」
メイド頭がお茶をいれながらため息をついた。
「違うんです。あたし一人じゃなくて、フローラ様との合作なんです!」
「でも、生けたのはあんたなんだろ?」
きれいに飾り付けしたフローラ用のケーキを持ってきたコックに言われて、ジリアンはしぶしぶ頷いた。
また皆が笑っているところへ、小さく咳払いしながら秘書が入ってきた。こうるさい秘書は、ここでもけむたがられており、コック達は黙って背を向け、下ごしらえを装い、メイド達はメイド頭の後ろに隠れた。
「お茶なら、すぐにおもちしますよ。」
トレイに乗せたお茶とケーキを示して、メイド頭は落ち着き払って言った。
「あ、いや、そのことではないんだ。その・・・」
秘書はいつものおうへいな態度ではなかった。メイド頭としばらく対峙していた秘書は、言いにくそうに口を開いた。
「ドライフラワーというのを・・・・作れる者は・・・いないかね?」
「いたら、何です?」
形勢は完全に逆転していた。メイド頭は秘書と対して年齢は違わないのだが、まるで子供と話をするような口調で返事をした。
「あー、先ほどの花を、旦那様がたいそうお喜びで、でも、すぐ枯れてしまうな、とおっしゃってるんだよ。」
「はい。」
皆、秘書の言いたいことはわかった。だがメイド頭はだから何?と言わんばかりの態度で、じっと秘書の目を見て答えた。
「あ、だから、その、それをドライフラワーにできる者はいないかと思ってね。」
「それくらい、あたしが作れますよ。」
秘書は、ほっとした表情で「それじゃ、書斎へ来てくれ。」と言ったが、メイド頭はそれには答えず、秘書に聞いた。
「それは旦那様のご指示ですか?」
「いや、そうではない。」
「じゃ、なんです?」
「これは・・・私の思いつきだ。」
秘書がめずらしくたじろいだ。
「そうですか。あんたの思いつきですか。それはすばらしい思いつきですね。それで、『書斎へ来てくれ』だけですか?」
メイド頭は、秘書の口調を真似て言った。秘書は、メイド頭のいわんとしていることはわかっていた。よくわかっていた。しかし、「お願い」しないですめば、うまく丸め込んでしまおうと思っていたのだ。
秘書は、観念した様子で言った。
「ドライフラワーを・・・作ってください。お願いします。」
厨房に、かすかなどよめきが起こった。
「わかりました。喜んで、お手伝いしましょ。」
メイド頭はそう言うと、ケーキのトレイを持って厨房を出た。

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