フローラの摘んできた花の多くはドライフラワーにするのに向かない物だった。メイド頭はドライフラワーにできそうな物は、書斎の風通しのよさそうな所にさかさに吊し、残りの花からいくつか選んで、押し花も作った。 「すばらしい。これでお母様に見せられるぞ、フローラ」 ルドマンは、一緒にメイドの鮮やかな手つきを見ていたフローラに言った。フローラは、「お母様に見せられる」というのは気にしてなかったが、お花がずっときれいなのはうれしかったので、こっくりと頷いた。 ルドマンの子煩悩ぶりは、船員達の間でもさまざまな噂になっていた。 ルドマンは、横暴で一方的な主人ではなかった。使用人達をきちんと人として扱ったし、給金や待遇は、他の主人に仕える同職種の者達より良かった。しかし、人に対する情や執着はどちらかというと薄い感じがあった。使用人ばかりでなく、商売相手とも必要以上のつきあいは行わなかった。 それに、不正には非常に厳しく、例え成績がよくても一度でも不正を働いた者は即刻解雇となり、二度とルドマンの元で働くことはかなわなかった。 ルドマン自身もまじめで頑固であったが、その裏表のない性格と、自分自身に対しても、自分の身内にさえも厳しい態度と、時々見せるちょっとずれたユーモアで、使用人達には好かれていた。 しかし、その厳しい態度は時に子供にさえ要求されたので、子供達はルドマンに近寄らなかったし、ルドマンもまた、子供との距離を置いていた。船や屋敷に、親戚や取引先の子供がいたとしても、ルドマンは声を掛けるどころか、一切興味を示さなかったのだ。 そのルドマン様が、あの小さな野ウサギの様におびえた態度の少女には、自ら部屋に出向きお話をし、食事は必ず一緒に取り、人目もはばからずかわいがり、ご機嫌を取り、少女の態度に一喜一憂している。まるで初めて恋をした少年の様に。 船員達は毎日嵐の心配をし、部下達は不作や取り引きの失敗がないか、情報を見直していたが、とうとうビスタに着くまで嵐も不幸な知らせもなく、天候は良好、航海も仕事もとても順調に進んでいたので、最後には皆、あの小さな女の子は、本当に神から使わされたのではないかとまで考えた。 順調な航海のおかげで、船は予定より早く、押し花とドライフラワーが仕上がる前にビスタの港に着いた。積み荷の都合で今の船はポートセルミに行かず他の港に向かうことになっていた。本当はここで次の船に乗り換えるはずだったのだがその船はまだ到着しておらず、ルドマン達は一度ビスタに上陸した。ビスタでは、ルドマンには分厚い手紙が、フローラにはかわいらしいバスケットが待っていた。ルドマンはもっと他の物・・・いや、もしかしたら人が待っているのではないかとドキドキしていたので、手紙で済んでほっとした。 ルドマン達や使用人達の私物や、ポートセルミに持っていく荷を降ろして、先を急ぐ船はルドマンの指示で先に出港した。 船員達はすっかり馴染んだかわいらしいフローラに、甲板後部にすし詰めになって手を振った。フローラも涙を浮かべたが、メイドに「あれはルドマン様のお船ですまたフローラ様がご旅行なさるときにはきっとあれに乗りますから、みなさんと一緒になれますよ。」と言われ、安心した表情を見せた。 ビスタは利用する船が減っているため、他に船も客もなかった。ルドマンは、よけいなことを詮索されずに済む環境に感謝した。しかし、ポートセルミは人も多いし、自分の事を知る者がほとんどだ。フローラにあれこれ言われては困る。せっかく慣れてきた所なのに。ポートセルミに着いたら、とっとと出発しよう、と考えていた。 宿で休憩した後、あの分厚い手紙を手に取ったルドマンは、『とっとと出発しよう』ではなく『しなければならない』になるだろうと思った。 その手紙はフローラにあのかわいらしいバスケットを贈った主、ルドマンの妻グリンダからの物であった。そこには『自分がいないのにフローラと旅を続けてずるい。早くフローラに会いたい、ビスタまで行きたかったのだが止められて涙をのんだ』ということがめんめんと綴ってあった。「やっぱり・・・来るつもりだったのか」ルドマンはため息をついた。しかし律儀に、そしてうれしそうにその手紙を隅々まで読んだ。 フローラのバスケットにもきれいなカードが入っていた。 『早くお会いしたいです。あなたのお部屋も用意しました。到着を楽しみにしています。グリンダ』と、きれいな筆跡で記してあった。 中にはドレスや靴、リボン、絵本がつまっていた。ドレスはまるでフローラにあつらえたようにぴったりだった。 「やっぱりあいつは、くえない女だ」 ドレスを見せに来たフローラを見て、ルドマンはうれしそうに言った。 2日後の早朝、ストレンジャー号が到着した。 |
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