白薔薇の娘

<白薔薇の娘 26話>
翌日は朝から小雨が降っていたが、旅は順調に進んだ。途中で何度か魔物に出くわしたが、護衛の武術と魔法でしのげる程度であった。雨で外は見えないが、『おかあさま』がしてくれるお話で、フローラは退屈しなかった。ルドマンも対抗してなにか話そうとしたのだが、いつも寝るときにしているネズミのお話以外は思い出せなかったらしく、一度は断念したが、意外にも苦し紛れにした今まで行った異国の話がフローラに受けて、得意になって次々と、面白い異国の話をした。フローラは目を輝かせ、身を乗り出して聞き入った。そんなフローラをグリンダは意外そうな面持ちで見ていた。

その夜、フローラの寝室でルドマンのお話を聞きながら、グリンダは不安そうな表情をしていた。グリンダが何を考えているのか、ルドマンにはよくわかっていた。サラボナに着いたら、『ルドマンの娘』への情け容赦ない洗礼が待っている。数年前、グリンダもずいぶんつらい思いをしたのだ。だがその時は、グリンダは望んでルドマンの所に嫁いできたということと、グリンダの実家が親族や周りの者が文句のつけようがない由緒正しい豪商であったことで、なんとか乗り越えられた。しかしフローラは・・・自ら望んで『ルドマンの娘』になったわけでもなく、それこそ『どこの馬の骨ともわからない』素性である。彼女を連れて帰る事は、フローラ自身よりもルドマン夫妻にこそつらい試練になるだろう。親族や同業者のむき出しの悪意から、彼女を守れるだろうか。昨夜のように、すぐに眠りについたビアンカの寝顔にそっと「おやすみ」を言うと、夫妻は静かにフローラの寝室を後にした。

翌日の午後遅く、一行の馬車は大きな川にさしかかった。川沿いに下っていくうちに、向こう岸に背の高い塔が見え隠れする。やがて塔の隣にある街が見えてくるころには、川にかかったおおきな橋があらわれた。
「ほら、フローラ、見えるかい?あれがサラボナだよ。」
「さら・・・ぼな?」
「そうだ、サラボナだ。あそこに見える一番大きな屋敷が、おまえの家だよ。」
フローラは窓から乗り出し先を見たので、ルドマンはあわててフローラの身体を支えた。がらがらと陽気な音を立てて橋を渡ると、右手には街が、左手にはひときわ大きな屋敷が見えた。
馬車は街を抜ける。屋敷はすぐ近くにあるように見えたが、なかなか辿り着かない。それだけ大きな構えの屋敷なのだ。小さな川を渡り、やっと屋敷の玄関が見えてきた。大勢の人が屋敷の前に立っている。馬車が近づくと人々は、一斉に頭を下げた。
人々の前を馬車は過ぎ、やがて一番奥に立つ白髪頭の男の前で止まった。
御者が馬車の戸を開け、踏み台を用意するとルドマンがフローラを抱いて先に降り、後に続くグリンダに手を差し出した。グリンダが優雅に馬車を降りルドマンの隣に並ぶのを待って、白髪の男が言った。
「おかえりなさいませ、旦那様、奥様、お嬢様。」
そしてそれを合図に、並んだ使用人達が一斉に、「お帰りなさいませ」とルドマン達に挨拶をした。
フローラは驚いて、ルドマンの首にかじりつく。ルドマンはポンポンとフローラの背を叩きにっこりと微笑んでみせると、低い、よく通る声で言った。
「ああ、ご苦労。留守中変わりはなかったかね。」
「ここでご報告するほどの問題はございませんでした。ただ・・・ご親戚の皆様方から、旦那様にお会いしたいと、ご連絡がありました。」
「ふん、会いたいのはわたしではなかろう。」
ルドマンは不機嫌そうにつぶやいた。そして使用人達の方を向くと、ひときわ大きな声で言った。
「わたしの娘のフローラだ。以後、よろしく頼む。」
使用人達の視線が一斉にフローラをとらえる。フローラはおびえたようにぎゅっとルドマンにしがみついた。すると、グリンダの暖かい手が、フローラの小さな手に触れた。グリンダは大丈夫という様に優しく微笑み、小さな声で「フローラ、みなさんにご挨拶は?」と言った。
フローラはなにがなんだかわからず、泣きそうになっていたが、辛うじて消え入りそうな声で「こんにちは」と言った。
しかしこの場は、それで十分であった。
使用人達は再びさっと頭を下げた。そして先ほどの白髪の男が頭を上げ、ちょっと変わった、優しい声で語りかけた。
「よろしくお願いいたします、フローラお嬢様。」

こうして、フローラの本当の『ルドマンの娘』としての生活が始まった


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