白薔薇の娘

<白薔薇の娘 27話>
グリンダに手を引かれて屋敷に入ったフローラは、思わず立ち止まった。
そこは、いままでフローラが見たどこよりも広く、どこよりも豪華な部屋だった。
高い天井、様々な絵や装飾品や家具、小さなフローラにはまるでおとぎ話に出てくるお城のように見えた。
「お嬢様、お茶のご用意が整っております。どうぞ、お入りくださいませ。」
白髪の男が後ろからそっと声を掛ける。前を歩いていたルドマンが振り向き、さっとフローラを抱き上げた。
「びっくりしたかな、ここがおまえのおうちだよ。今日から、おまえの家だ。」
小さなフローラにも、茶器やお菓子が今までの物とは全く違うことがわかるほど、最高級の物が準備されていた。フローラが手を出せずにいると、グリンダが白髪の男に耳打ちした。白髪の男は一旦居間を下がり、やがて小振りなマグカップをうやうやしくトレーに乗せて持ってきた。そしてフローラの前に差し出すと、小さな声で言った。
「今日はまだお疲れでございましょう。特別に、お嬢様にはミルクをご用意いたしました。お気に召しますでしょうか?」
フローラはほっとした表情を見せ、トレイからそっとマグカップを取り上げた。小さな声で「ありがとう」と言い、そして眉間に小さなしわを寄せて白髪の男を見た。
「わたくしは、ディーク・スレイトンと申します。このお屋敷の執事をしております。」
「し・・・しつ・・・」
白髪の男は一瞬にかっと笑ってみせ、すぐに真顔にもどってこう言った。
「しつじ、でございます。お屋敷やみなさまのこまごまとしたご用をさせていただく仕事でございます。どうぞ、じい、とお呼びくださいませ。旦那様もつい最近まで・・」
ルドマンが慌てて咳払いをしたので執事は声を落とし続けた。
「最近、ではございませんな。つい数年前まで じい とお呼びでございました。」
「もうよい、そんなことは。」
執事はまったく申し訳なさそうにとぼけた表情で「はい、申し訳ございません。」と言った。隣に座っていたグリンダが、あんまり楽しそうにクスクスと笑うので、フローラもつられてやっと笑顔を見せた。

ルドマンが子供の頃に使っていた部屋は、フローラの為に改装され、久しぶりににぎわった。
屋敷の東の端にある部屋は、東向きに大きな窓がある。南側はテラスになっており、屋敷の脇を流れる小川とちょっとした温室と、別荘へ続く道が見えた。
やや暗い落ち着いた色の壁紙は、薄く、明るい色で一面に小さな薔薇のつぼみの模様が散った物に貼り替えられ、窓にはレースのカーテンが揺れている。飾り気のないデザインの高価な応接セットはソファーの布を変えただけでまるで別の物の様に見えた。西側の壁一面の本棚はその3分の2が職人達の手によりきれいな飾り棚になり、人形やぬいぐるみや小さな絵画が飾られている。中央のドアを通り隣の寝室に行くと、そこは落ち着いた深いグリーンと淡い茶で家具も壁紙もコーディネートされており、素っ気なかったベッドには天蓋がつけられレースが垂れている。ベッドには薔薇の刺繍が施されたベッドカバーがかけられていた。
「これが・・・本当に、私の部屋かね?」
恐る恐る足を踏み入れたルドマンは、感嘆の声を上げた。
「いったいおまえは、どんな魔法を使ったんだ?」
「もうあなたのお部屋ではございませんし、わたくしは魔法なんて使っておりません。」
フローラと共に後から入ってきたグリンダは、いたずらっぽく答えた。フローラは、しっかりとグリンダの手を握って、きょろきょろと部屋の中を見回している。
「壁紙と、ソファーの布をちょっと変えただけですわ。ランプも家具も、ほとんどそのままです。あなたが大きくおなりだから、違って見えるだけですわ。」
「本当かね?」
普通より一回り小さなサイズの書斎机に手をつき椅子をひいたルドマンはつぶやいた。
「しかしわたしの椅子は・・・こんなに美しくなかったぞ。」
「いいえ、変えたのは布だけです。もともと美しい、使いやすいものでしたわ。」
少女の様に笑ってグリンダは答え、そして一言付け加えた。
「お義父様がお選びになったそうですわね。」
「ふん!おおかた家具屋の口車に乗せられたんだろう」
ルドマンはぶっきらぼうに答え、グリンダは肩をすくめた。
グリンダはフローラの側にしゃがむと、やさしく言った。
「わたくしが選んだのだけれど・・・お気に召したかしら?お姫様?」
フローラはきょとんとしていたが、自分に問われていることがわかると、ぶんぶんと大げさに頷いて見せた。グリンダはにっこりと微笑んだ。
「そう、うれしいわ。ここが今日からあなたのお部屋よ。わたくしたちの寝室の側ですから、夜も寂しくないでしょう。」


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