「おかわいそうよ!きっと、一人でお休みになるのは初めてなのよ!」 フローラの寝室の斜め向かいの控え室に戻ると、若いメイドは声を上げた。出航の時、フローラに岸を見せていたジリアンという名のメイドだ。 「シー!聞こえるわよ。」 もう一人のメイドが、そっとドアを閉めながらジリアンを諫めた。彼女の名はサリー、ジリアンより少し年上だ。 「きっと、ではなく確実に初めてでしょうね。あの施設が一人部屋だっとは思えないから。」 彼女たちはサラボナの屋敷から同行していたルドマン付きのメイドだったのだが、昨夜より、ルドマンの秘書からの指示でフローラ付きとなった。今朝、ルドマンと秘書がフローラを施設に迎えに行ったとき、彼女らも同行し、フローラの日常生活についての申し送りを受けていた。 「急にこーんなところに連れてこられて、一人で寝ろ、なんて、できるはずないじゃない!」ジリアンは怒り収まらずという感じで、しかめっ面をして、声を潜めながらも強く言った。 「だからって、どうしようもないでしょ。」サリーは、お茶をいれながら落ち着いて答えた。「私たちと一緒に寝ろっていうの?彼女は今日から、『ルドマン様のお嬢様』なのよ。」 「そりゃそうだけど・・・でも必要以上に親しくするな、夜泣きしてもほおっておけ!なんて、ひどいと思わない?」 「当然でしょ。ルドマン様や奥様より先に、私たちになついちゃったら困るじゃない。」 「あんたはフローラ様のことがかわいそうじゃないの?」 ジリアンは、サリーの淡々とした態度に声を上げた。 「もー、そんなこと言ってないでしょ。八つ当たりはやめて。」サリーは、ジリアンに向き直ってつっこんだ。「あんたはあの秘書が気に入らないから怒ってるんでしょ」 痛いところをつかれて、ジリアンはふくれっ面をして黙った。 「悔しいけど、彼の言うことは正しいわ。フローラ様にとって、ルドマン様は今のところ、自分をこーんなところに連れてきた嫌なおじさんってだけだし」ジリアンの口調と表情を真似ながらサリーは続けた「私たちがやさしくしたら、ますますルドマン様になつかなくなっちゃうわ。それに、私たちは所詮メイドであって、奥様でも乳母やさんでもないのよ。」 サリーの言っていることは正論だった。 ジリアンはため息をつくと、いすにかけてお茶をすすった。 「とにかく、怒ってるより、なんかできることを探した方が建設的よ。」 「できることって?よけいなことはするなって言われているのに?」 「メイドの仕事の範囲だって、できることはあるでしょう?」 「たとえば?」 「それはこれから考えるのよ」 サリーはお茶のおかわりを注ぎながら、それはあなたの仕事でしょ、という口調で答えた。 「まぁ、そうね。サラボナに帰るまで時間はあるし。それに、あいつの鼻もあかしてやれるわ!」 「あんた、フローラ様がかわいそうなの?あの秘書をやりこめたいの?」 「どっちもよ!」 ジリアンはつんとすまして答えると、2杯目のお茶を飲んだ。 こんな風に、フローラを気にしているのは彼女たちだけではなかった。他の船員達も、フローラがぽつんと甲板の荷の隅に座って、ぼんやり空や海を眺めているのを見て、なんとかしてあげたいとは思っていたが、血がつながっていないと知っていても「ルドマン様のお嬢様」には、おいそれと声を掛けることはできなかった。 しかし、ルドマンがあまり彼女に感心を示さないでいるのを見ると、彼らはコッソリとフローラに声を掛けた。 船員は、フローラのために残り物の木材で小さなベンチを造って、甲板の隅に揺れても動かないように設置してくれたり、網にかかった小さな、きれいな模様の魚を桶に入れて見せてくれたし、コックは手が汚れないような残飯や堅くなったパンくずを、魚や鳥に投げさせてくれた。 フローラは、最初は彼らの見た目や話し方におびえ、戸惑っていたが、しかし育った村の人々とよく似た笑顔にだんだんと馴染んできて、危なくないところで大人達の作業を見たり、かわいらしい声でわずかだがおしゃべりもするようになってきた。笑顔は見せなくても、最初の日のような、切ない、泣きそうな顔はあまり見せなくなってきた。 それでも夜中、ふと目が覚めると、外から聞こえる潮騒は懐かしい村や人々を思い出させ、フローラは布団に潜り込んで一人で泣いていた。 そんなフローラをこっそる見守るメイド達は心を痛めたが、彼女たちにはどうすることもできなかった。 |
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