白薔薇の娘

<白薔薇の娘 7話>
「明日の朝食、フローラ様はルドマン様とご一緒に召し上がるから、いつもより早く食堂にご案内するように」
秘書から急にそう告げられたメイドたちは思わず反論した。
「そんな急に!」「最近やっとお食事の量が増えてきたところなんですよ!挨拶しかしてないルドマン様とご同席なんて!」
「いずれはご一緒するんだ。それが明日であっても問題ないだろう。」
秘書はこともなげに答えた。
「でも、まだきちんとしたマナーをお教えしていません。」
「それは構わないよ。ルドマン様も、お気になさらないだろうからね。それから、このことは、明日、食堂にご案内するまでフローラ様にお話ししないように。以上だ。」
メイド達もこう言われては、それ以上反論できなかった。

翌朝、いつもより早く食堂に案内されたフローラは、秘書からルドマンも一緒に食事をとると聞かされ、顔をこわばらせた。フローラの反応を予想していた秘書は、傍らにひざまずき、彼女の目線にあわせると、自分の娘に語りかける様に優しく言った。
「ご心配ありませんよ。フローラ様は、いつも通りにお食事なさればいいんですよ。」
しかしフローラは、唇を噛んで下を向いた。
そこへ、ルドマンが入ってきた。
ルドマンもまた、フローラにどう接して良いのかわからない様子で、多少ぶっきらぼうにフローラに声を掛けた。
「おはよう」
「・・・おはようございます・・・」
フローラはうつむいたまま、小さな声でぼそぼそと答え、食卓には気まずい雰囲気が流れた。
料理が出され、飲み物が注がれ、ルドマンが半分ほど食べてもまだフローラは手をつけずにいた。食は細いが、それなりに食べられているという報告を受けていたルドマンは、助けを求めるように秘書を見たが、フローラの後ろに控えてる秘書は、あえてだんまりを決め込んでいた。
困ったルドマンは仕方なく食べることに集中していたが、ふと、フォークに刺したにんじんを見ておもいついた。
「おいしいなぁ、なんておいしいにんじんだろう。」そう言ってにんじんを口にする。しゃりしゃりと良い音を立ててにんじんを噛み、飲み込むとフローラに向かって言った。
「とてもおいしいにんじんだ。このにんじんは、おまえが育った村で採れたものだよ。このレタスも、ハムも、ジュースも、全部おまえがいた村で仕入れたものだ。」
本当はそうではなかったし、そもそもルドマンが、いちいち船で出される食材の仕入先など把握しているはずがなかった。しかし、うそも方便だ。信心深いルドマンだが、商売上ではしばしば嘘もはったりも使った。そして今は、ある意味での駆け引きだ。駆け引きははじめが肝心だ。少々ずれてはいるが、ルドマンのこの発想は間違ってはいない。
「おまえも、あの村のお百姓さん達の事は知っているだろう。彼らが、一生懸命作ったものを、手もつけず粗末にしてもよいのかね?」
フローラは上目遣いでルドマンを見た。彼女は確かに村の百姓達のことを良く知っていたし、畑仕事が大変であることもわかっていた。
「それに、ここのコック達も、おまえのために朝早くから調理してくれているんだよ。おまえのことを考えてね。体調が悪いなら仕方ないが、そうでないなら、おまえはその人達の努力を無駄にしてしまうんだよ」
これは、ルドマン自身が幼い頃、ルドマンの父に言われた言葉だった。ルドマン家は裕福であったが、ルドマンの父は遅く授かった一人息子を、よい跡継ぎに育てるため、たいそう厳しく育てたのだ。

フローラは、スカートをきつく握りしめて、血の気が無くなった自分の手を見つめていた。村のお百姓さんや、魚に餌をあげさせてくれるコック達の顔を思い出した。そして、顔を上げると、そっとフォークに手を伸ばし、少しずつだが朝食を口にし始めた。
ルドマンがちらりと秘書を見ると、秘書はこっそりと頷いた。下座にあるついたての影で、ハラハラしながら様子を見ていたメイド達は、ほっと胸をなでおろした。
今朝のフローラのメニューは、昨夜この件でメイドの愚痴につきあわせたコックによって、フローラが好きそうなものをいつもより少な目に盛りつけてあったので、ルドマンがゆっくりと食事を終える頃にはフローラの皿もきれいになり、コック達の努力は見事に報われた。
ルドマンは、コーヒーを飲みながらフローラに言った。
「ほう、良く食べられたね。偉いぞ。これで百姓達も、コックも喜ぶだろう。おまえがちゃんと食べてくれて、わたしもうれしいよ。」
フローラの表情が少しなごんだ様に見えたのは、ルドマンの気のせいではないだろう。


前のページへ戻る もくじへ戻る がらくた置き場のトップへ戻る 次のページへ進む


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送