白薔薇の娘

<白薔薇の娘 9話>
その後も、フローラにとって食事の席は、あまり楽しいものではなかった。
すっかり気をよくしたルドマンは、毎回いっしょうけんめい考えてきた話をフローラに聞かせるのだが、それは部下や商売相手に聞かせる話の延長であり、決して子供向きではなかった。
しかし、秘書もメイドも、それがルドマンの精一杯であり、子供と接した経験がほとんどないルドマンにこれ以上を求めるのは無理だということはよくわかっていた。
フローラはがんばってあくびをかみ殺し、いつも黙ってルドマンの話を聞いていた。

「フローラ様、デザートではなにがお好きですか?」
相変わらず食事の後に疲れきって、自分の部屋のソファーに座りこんでいるフローラにジリアンが聞いた。
「デザート?」
「ええ、デザートです。」ジリアンはフローラに顔を近づけて、小さな声で言った。
「毎日がんばってお父様とお食事していらっしゃるから、少しご褒美があってもいいと思うんですよ。お好きな物があったら、コックに頼んでおきます」
「ほんと?」フローラは、ソファーから跳ね起きた。予想以上の反応に、ジリアンもサリーも驚いた。
「チョコレートのかかった、金色の、ちっちゃいのが乗ってるケーキがおいしかったの。あとね、チェリーの入った、こんな形の、したがひらひらになってる・・・」
「タルトですわね。」サリーが答える。
「タルトっていうの?」
「ええ、チェリーとベリーの下に、黄色いカスタードクリームが敷いてあるケーキでございましょう?」
フローラはぶんぶんと頷いた。
「あとね・・・アイスクリーム・・・」
「全部いっぺんに、という訳にはいきませんが、コックにリクエストしておきましょう」

子供は単純だ。メイド達の努力は実り、フローラはルドマンとの食事を、楽しいとは思えなくても、以前ほどは嫌がらなくなった。
毎日顔を合わせるというのは意外と効果があるもので、フローラにとってルドマンは、「恐くて嫌なおじさん」からだんだんと「変な髪の毛の、変なお話をするおじさん」になっていった。
このコメントを聞いてメイド達はしばし困惑したが、評価はかろうじて上がっている、と考えることにした。しかし、「それをルドマン様や秘書に言ってはいけませんよ。」と釘を刺すのも忘れなかった。
「なんで、いけないの?」
「ルドマン様は、変な髪型なのを気にしていらっしゃるからです。」
お話の方は・・・フローラが口にしないことを祈った。
しかし未だルドマンとフローラの接点は、食事とお休みの挨拶以外はなかったし、食事の席ではルドマンが一方的に話して聞かせるだけだったので、メイドはあまり心配していなかった。

次の寄港地に近づいてきたある日、ルドマンの船は夕方から、小さな嵐にあっていた。すぐに抜けることはわかっていたし、船の運航には支障がない程度のもので、ルドマンも船員達も気にしていなかった。

夕食から数時間後、ルドマンの書斎のドアを叩く音がした。
「お入り」
ルドマンは、お休みなさいの挨拶の時間だったので、フローラだろうと思いながら答えた。しかし、立っていたのはメイドのサリーだった。
「おや、フローラはどうしたね?」
「もう、ベッドにお入りです。」
「どうしたんだ?体調が悪いのかね?医者を行かせるか?」
ルドマンの心配そうな様子を見て、サリーはいける、と思った。
「いいえ、ご体調は問題ないのですが・・・お気持ちの方が・・・」
「気持ち?どういうことだね」
サリーは、わざと結論をひっぱった。
「フローラ様は、船旅をなさいますのは、今回が初めてでございます。」
「そんなことはわかっているよ。」
「ですから、嵐も初めてご経験になるんです」
「そうだろうな、出航してから嵐にはあっていないからな」
「つまり・・・」
「つまり?」
サリーはさらにもったいぶって、一呼吸おいてから答えた。
「嵐が恐くて、ベッドにもぐっておいでなのです。」

ルドマンはしばらく黙っていたが、いきなり笑い出した。
「恐い?こんな小さな嵐が?」
サリーは、しごく真剣な、重大事件を語るような口ぶりで答える。
「わたくしたちにとっては小さな嵐でも、フローラ様にとっては地獄から聞こえるような音がして、床が大きく揺れて、船が壊れてしまうのではないかと心配になるような、とっても恐ろしい嵐なんです。」
「ああ、そうか、そうか、それは申し訳ない。確かにそうだ。昔はわたしもこの程度で怖がっておったよ。すっかり忘れていたな。」ルドマンは笑うのをやめて答えた。「それで、誰かついているのかい?」
「はい、今はメイドが一人、お側につかせていただいています。ただ・・・」
「ただ、なんだね?」ルドマンは、機嫌良く答えた。
サリーはどきどきしていた。秘書がきいてやしないかしら。ちらりと書斎の中を見回し、秘書がいないことを確認した。
「お父様がいらしたら」『お父様』のところをことさら強調し、サリーは言った。「フローラ様も、お心強いかと思うのですが・・・」
自らの言葉の大胆さに、サリーは顔を赤らめた。余計なことを、と怒られるに違いない。言ってしまってから、サリーは後悔した。
しかし、ルドマンは怒ったりしなかった。
「・・・フローラが、わたしを呼んでいるのか?」
「い、いいえ!そうではございません。」サリーは、今度は顔を青くした。「わ、わたくしの独断ですわ。ただ、こういう時は、わたくしどもよりお父様の方が、フローラ様には頼りになるかと、そ、その・・・」
慌てて、しどろもどろになって言い訳する。やっぱりやめておけばよかった。今度こそ怒鳴られる!だが今回も、ルドマンは怒鳴らなかった。そればかりか、まんまとサリーの思惑にはまったのだ。
「そうか・・・なら、ちょっと顔を出すか。寝室はどこだったかな。」
「ご、ご案内致します。」
あまりにもあっけなく、ルドマンがその気になったので、サリーはかえって不安になったが、これ以上余計なことを言わない方がよいだろうと思い、だまってルドマンを案内した。


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