一行が街が見える丘までくると、街の入り口にいつもの守衛以外に数人の人影が見えた。そして、馬車をみつけたらしい人影は転がるように街の中に走っていき、一行が入り口に着く頃にはマグダレーナはじめ数人の女達と、牧師が出迎えに集まっていた。 アルカパでは、昨日運ばれた重症の村人とその家族が、ダンカンの宿屋と教会、部屋に空きがある家に泊まっていた。いずれも生命の心配はない、じきに動けるようになるだろうという牧師の話を聞き、皆は胸をなで下ろした。 疲れてダンカンの膝で眠っていたビアンカは騒ぎで目が覚め、まだぼんやりしているところをマグダレーナに抱きかかえられてすぐに宿に連れて行かれた。 一通り話が済んだ男達は、そのままダンカンの宿屋の大浴場になだれこみ、昨日からの汗を流した。 酒場の主人は昼間から酒場を開け、道具屋の主人は、自分が留守の間に「死んでも店の手伝いなんてしない」と言っていた一人娘が店番をしていたのを知り、喜んでさわいでいた。 守衛達は守衛長から「よくがんばってくれた。手当をはずむぞ!」と言われ浮かれて喜んでいたが、守衛長は彼らをすぐに地獄に突き落とした。「それから、その分はちゃーんと、村の人へのカンパにしておいたぞ。隣人思いのお前達ならそうしたいだろうと思ったのでな。」 若い連中はがっくりと崩れ落ちたが、守衛長から手当以上におごってもらい、とりあえず満足していた。 ビアンカはすぐに風呂に入れられ、暖かいミルクと美味しいケーキで迎えられた。しかしなかなか手をつけようとしないビアンカを、マグダレーナはベランダに連れて行くと、彼女を膝に乗せて一緒に街を見下ろした。ビアンカは膝に抱かれ、ぼんやりとしていた。やがて村であったことを、淡々と、ぽつりぽつりと、まるで心ここにあらずという様子で小さな声で語った。 「それで・・・パパスおじさまのお家は燃えちゃったの。リュカが帰ってきたら、困っちゃうね。」 「大丈夫、そんときゃ、うちに来るよ。」 「父さんもそう言ってた。でもリュカ、小さいから、うちにどうやって来るか忘れちゃうかも。」 「忘れるもんかい。もしリュカちゃんが忘れても、ほら、あんた達が助けたあの猫がちゃんと覚えてるよ。」 「でも、ゲレゲレは犬じゃなくて猫なのよ、母さん。」 「猫だって、遠くから家に帰ってこられるだろ。知らないのかい?」 「うん。」 「じゃあ、いいことを覚えたね。あいつが猫だって、リュカちゃんの事もおまえの事も覚えているし、リュカちゃんの家がなかったら、うちにちゃんと帰ってくるよ。」 「そうかな?」 「あたしが、嘘を教えたことあるかい?」 「ううん。ない。そうだね。ゲレゲレは覚えてるよね。あたしのリボンあげたんだもん、忘れないでねって。」 ビアンカはそっと、自分のおさげを引っ張った。 「それからね、サンチョさんもいなくなっちゃったの。みんなは逃げたから大丈夫だって。ねぇ、母さん、あたしがいない間、サンチョさん来なかった?」 「来なかったね。きっと、うちにきたら、兵隊が追いかけてきて迷惑がかかると思ったんだろ。サンチョさんは、そういうお人さ。」 「サンチョさんね、こんど一緒にお人形の形のパンケーキを焼きましょうって言ってたの。約束したの。パパスおじさまが約束を破るのお嫌いだから、サンチョさんもリュカも、約束はやぶらないって。」 ビアンカは、遠くの空を眺めながら、まるでそこにいるなにかに語りかけている様だった。 「約束したの。また遊びに来ていいって。指切りしたのよ。でも、どこに遊びにいったら会えるんだろう・・・」 「ビアンカ・・・」 「リュカも、約束したのよ。また一緒に冒険しようって。ゲレゲレにも会わせてくれるって。早く迎えに来てくれないと、おばあさんになっちゃうよね・・・」 「ビアンカ、もういい。もういいんだよ。」 マグダレーナは耐えられず、きつくビアンカを抱きしめた。 ビアンカの瞳に涙はなかった。けれど泣くよりももっと、その小さな心は傷ついていることを、マグダレーナはわかっていた。 「大丈夫、信じていたら、またあえるよ」 「そう思う?母さん?」 「ああ、もちろんだよ。」 マグダレーナは青い顔をしているビアンカの額に優しくキスをした。マグダレーナの流した涙が、ビアンカの頬を伝って落ちた。 |
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