夢の向こう側

<夢の向こう側 おまけ その2>
秋が深まったある日、ダンカンは一人、街の教会を尋ねた。
「申し訳ありません。ゴードン牧師は留守にしておりまして、わたしでよろしければ・・・」
「存じております。今日はあなたに会いに来たのですよ、ジョン牧師様。」
対応に出たジョン牧師は、ダンカンの言葉に目を丸くした。
質素な台所に案内され、ダンカンはマグダレーナに持たされたバスケットをテーブルの上に置いた。バスケットの匂いをかいだジョン牧師は、「こ、これは・・・お酒・・・ではないですよね?」と少々驚いた。
「ケーキですが、酒も少々、入っているようですよ。女房の自信作です。あなたもお好きだろうと思いましてね。」
「わたしも・・・ですか?」お茶のカップをダンカンの前に置きながら、ジョン牧師は聞いた。だがダンカンはそれには答えず、低い声で言った。
「ウォリー・シッラという方を、ご存じですか?」
ジョン牧師は、思わず立ち上がった。彼が座ろうとしていた椅子は床にぶつかり悲鳴をあげた。ジョン牧師の顔は真っ青で、小さくふるえている。なにか言いたそうに口を開いたが、言葉が出てこなかった。
「落ち着いてください。シッラさんは何も悪いことはしていませんよ。とりあえず、お座りになってください。」
ジョン牧師が椅子をおこして座るのを待ってから、ダンカンは先日調べに来た軍人の隊長と呼ばれていた人物が、ウォリー・シッラと名乗ったこと、そして、彼とのやりとりを、廊下での会話を除いて、街の者に説明したより少し詳しく話して聞かせた。
「シッラさんは、とても紳士的な方でしたよ。暴力を振るったり、いたずらに私共を脅すようなこともなさらず、私が申し上げたことを信じてくださいました。どうやら、約束も守ってくださったようですね。」
ダンカンの言葉をただじっと聞いていたジョン牧師は、話が終わってもまだ黙りこくっていた。ダンカンもだまって、さめかけたお茶を飲んだ。
やがてその沈黙に耐えかねたように、ジョン牧師が声をしぼりだした。
「・・・なぜ・・・すぐに・・・教えて、くださらなかったんですか・・・」
「もし牧師様にすぐにこのお話をして、その後に何かあったとしたら、牧師様は、ご自分をお責めになるでしょう。」
ジョン牧師は、顔を赤くした。確かに、あの時すぐにこのことを聞いていたら、自分は何をしでかしたかわからない。今だって、ダンカンがこれほど落ち着いていなかったら・・・
「お恥ずかしいです。聖職者でありながら、取り乱してしまい、ご心配をおかけしてしまって・・・」
「まだお若いのですから、当然です。今から全てを悟っていらしては、困りますよ。いろいろな経験をして、良い牧師様になってください。急ぐ必要はありません。」
信者に諭されたことで、ジョン牧師はまた顔を赤くして、うつむいた。
ジョン牧師が落ち着いたのをみたダンカンは、まるでビアンカに話すような、父親の口調で言った。
「もしこの後になにかあったとしても、ご自分の事も、シッラさんのことも、お責めにならないでください。ラインハットのお家騒動は簡単には落ち着かないでしょう。商人達の話では、お城はますます険悪になっているそうです。もし今後、街になにかあったとしても、誰にも責任はありませんよ。牧師様がご自分をお責めになる方が、私たちにはつらいですよ。」
ジョン牧師は、ダンカンの言葉を聞きながら、もう何年もまともに話をしていない父親を思いだしていた。こんなに話し方が違うのに、まるで父親に諭されている様な気がした。
それは、若者の、若さ故の暴走や過ちを気遣い見守る年長者の共通した思いがそこにあったからなのだが、まだ年若い彼にはそれを理解することはできなかった。
「それでは・・・私はそろそろ失礼します。女房がお茶の用意をして待っていますから。」
ダンカンは、ジョン牧師が落ち着いている様子を見て、安心して立ち上がった。ぼぉっとしていたジョン牧師は、ダンカンをあわてて呼び止めた。
「待ってください、あの、そ、その・・・その男は、私の事、なにか・・・」
「いいえ」ダンカンはウォリー・シッラとの約束を守り、そう答えた。
「でしたらなぜ、私にその話を・・・」
「シッラさんの笑ったときのお顔と話し方が、牧師様とそっくりだったからですよ。」
そしてクスリと笑って言った。
「シッラさんには、余計なお節介だとしかられるでしょうね。今時珍しい、立派な軍人さまだと思いますよ。」
「なぜ、そんなこと・・・」
「私は宿屋の主人です。いろいろな人を見てきました。ですから、人を見る目はあるつもりです。」そして、人差し指と親指で小さな隙間を作って見せて、「これっくらいわね」といたずらっぽく笑って言った。
「まだ・・・何か、お聞きになりたいことが?」
「あ、いいえ、お引き留めして、すみませんでした。」
牧師は我に返り、慌てて答えた。
そして、裏口までダンカンを送って行った。

台所に戻った牧師は、のろのろとカップを片付けた。そしてテーブルの上のバスケットに気付くと、中をのぞき込んだ。中にはあの日、マグダレーナが男達に出したケーキと、甘いソースが入ったカップが鎮座していた。ジョン牧師は、ソースを少し指ですくってなめた。やわらかい甘さと、ブランデーの香りが口の中に広がる。
「そういえば、あんたは甘党だったっけ」
一人きりの台所で、ジョン牧師はクスリと笑った。


「実家に、手紙を出しました。」
アルカパに初雪が降った日、街で偶然ダンカンにあったジョン牧師は言った。
「父は、頑固でしたが、私も意固地になっていました。親子ですから、似ていて当然ですよね。父が・・・私が選んだ道を認めてくれなくても、せめて今、私が幸せに暮らしているということを、この道に進んで後悔していないということだけでもわかってほしいんです。」
「大丈夫、きっとわかってくれますよ。親というのはつまるところ、子供に幸せになって欲しいだけなんです。そんな生き方認めない、なんていうのは、つまらない男の意地ですよ。おわかりになるでしょう、今なら。」
ジョン牧師は自分の言動を省みて、顔を真っ赤にしながら、「はい、わかります」と恥ずかしそうに答えた。
「そう・・・わかってもらって、もう一度、会いたいんです。ラインハット城があんな状態では、軍人である父や兄に、いつ、何があるかわかりませんから。」
やがて母親から短い返事が届いた。父は依然頑で、がんとして返事を書こうとしない、母親にも返事はするなと命じたと書いてあったが、母親は追記で、父親がジョン牧師の手紙を何度も何度も読んでいるとこっそり知らせてきた。
やはり父は、自分のことを愛してくれていたのだ。
ジョン牧師は返事は不要と但し書きをし、季節の便りを実家へと送った。いつか、ラインハットに帰りたい。そう願っていたが、その機会を得る前に、ラインハットの情勢は悪化し、道は閉ざされた。
ジョン牧師は毎日、神に家族の無事と、ラインハットが早く平和になるようにと祈った。

神は、彼の願いをかなえるかわり、大きな代償を要求した。

いよいよ城の状況が危なくなってきたとき、父親は息子を比較的安全な地方に移動させようとし、息子の代わりに不本意ながらも王妃派に配属された。
そしてあの運命の日・・・
不本意であっても自らに課せられた使命を全うするため、勇猛果敢に戦った父は、戦いの最中、真実があかされ城が平和を取り戻すのを待たず、そのつらい使命から解放されたのである。
その悲報は一通の手紙と共に、十年ぶりにこの街を訪れた兄により、もたらされた。

『軍人は所詮駒だ。正しいことを正しいと言うことも許されぬ。自分の信じる道を進むことのできる強い意志と行動力がある息子を持ったことを、私は誇りに思う。おまえと酒が飲めなかったことが残念だ。』

その日付けは、ジョン牧師がラインハットの神学校を終え、アルカパに出発した日のものであった。

これで本当におしまいです。
こんなところまで読んでくださって、本当にありがとうございました。


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