夢の向こう側

<夢の向こう側 おまけ その1>
これは、街が落ち着きを取り戻した頃の、アルカパの人々のその後のお話。

道具屋の娘は、あの日をきっかけに店先に立つようになった。母親似で器量好しの娘は、営業スマイルなどせず淡々と接客をしていたが、そこがまたいいという妙な客が増え、繁盛していた。
娘にいれあげた守衛のガスは、足繁く店に通いライバル達を牽制した。娘は彼に興味を示していなかったが、彼の熱意と、嫁に行けば店番をやめられるだろうという小さな下心により、最終的にガスは彼女を手に入れた。しかしガスが守衛をやめ、道具屋の主人を選んだのと、娘の父親が早々に隠居を決め込んだため、娘の思惑ははずれ、まだ商売に不慣れな若旦那の手伝いに、やむなく彼女は店に立ち続けた。

武器屋の息子は守衛に志願したが、試験でディークにさえぼろぼろにやられてしまい、店を手伝いながらトレーニングにはげんでいるが、守衛も商売も望み薄というもっぱらの噂だ。

守衛達は、守衛長にハッパをかけられなくても積極的にトレーニングを行うようになったし、武器や防具は今まで以上にいつもきちんと手入れされるようになった。街が予算を増やしたため、数人のサンタローズの若者が入り、ディークは新入りではなくなった。

ディークは守衛長になにも言われなくても、あの日のビアンカのことは誰にも言わなかった。なぜあの日サンタローズに行ったのか人に聞かれると、「行ったことなかったからっす。守衛長が、かわいい女の子がいるとおっしゃったので!」と答えていた。
ディークがダンカン達に同行した動機がこれだけであると街の人達に信じられたのには理由があった。
ダンカンの宿に身を寄せていたサンタローズのけが人の中に、一人の農家の娘がいた。両親を殺され、家を焼かれて自らも身体と顔の一部にやけどをおっていた。生命には別状無かったが、やけどの跡は残ってしまった。身を寄せられるような身内もなかったので、マグダレーナの好意でそのまま宿で、住み込みの女中として働くことになった。
とりたてて美人というわけでもないこの娘のことを村でちらりと見たときから、ディークは娘が忘れられなかった。
なにかと理由をつけては宿の周りをうろつき、彼女が外に出られるようになり、やっとの思いで声を掛けても、まだ心の傷もやけども癒えていない彼女にあっさりと拒否された。
「ビアンカちゃんはどうした?若旦那狙いじゃなかったのか?」などと周囲に冷やかされ、あきらめろと諭されても、ディークはあきらめなかった。彼女の顔の包帯が取れてもなお、彼女が会うのを拒んだため、ディーク下手な字で毎日毎日手紙を書いた。彼女が、手紙はうれしそうに読んでいるのにやけどの跡を気にして踏み出せないのを見るに見かねて女中頭が意外な特技を披露した。女中頭が娘の顔に化粧をし、髪型を変えると、全くではないが、娘のやけどの跡はずっと目立たなくなった。感心した番頭はうっかり「たいしたもんだ。なんで自分にやらないんだ?」と言ってしまい、その後三日間のまかないはパンとスープのみになった。
こうして宿の従業員や守衛達の応援と、街中の注目を受けた二人は、翌年の春、ジョン牧師のたどたどしい祈りで晴れて夫婦となった。

しかしこのさわぎの間中、「何で新入りばっかり!」と独身の守衛達に責められて、守衛長は彼らをなだめるために何度も酒宴を設けねばならず、ただでさえ出費を控えていた彼は、頭の痛い日が続いた。

守衛長の妻は無事に出産し、子供は女の子であった。しかしこの赤子は、どう見ても父親似で、産後見舞いに行った人々は、全員が全員「女の子は父親に似ると幸せになるって言うからね。」というお決まりの言葉しか言えなかった。子供が産まれても相変わらず無関心そうに見えた守衛長だが、母になってもまだ娘のように見える夫人が、実は子煩悩で毎日一緒に風呂に入っていると曝露してしまい、守衛長をおおいに慌てさせた。

「あの時・・・なんで、ディークに薬草やキメラの翼を持たせたんだ?」
お乳をもらい、満足そうにしている赤子を抱く夫人に、他の人は聞いたこともない優しい声で、守衛長は尋ねた。
「めずらしいわね。あなたが、そんな事を聞くなんて。」
夫人は赤子をびっくりさせぬよう、小さな声で答えた。
「ああ、いや・・・ずっと、気になっていたんだが、なかなか・・・」
夫人はクスリと笑った。
「そんな気がした、としか言いようがないわ。」
「それは・・・その、おまえの、ちから・・・なのか?」
守衛長は、夫人があまり語りたがらない話題に触れることに、かすかな罪悪感を感じていた。
「おばあさまが、妊娠中は自分の身体と子供を守るために、外の出来事に対するカンが鈍るとおっしゃっていたわ。だから、この子がおなかにいるときでなければ、もっとなにかわかったのかも知れないけれど・・・それでも、わたしには強い力がないから・・・」
夫人は、暗い表情でため息をついた。夫人の様子に心が痛んだ守衛長は、妙に饒舌になった。
「なんでこんな話をしたかというとだな・・・今日、ダンカンのおやじに会ったんだ。それで、あの、サンタローズに行った時の話になったんだが、おやじが言うには、あの子は、坊主が生きていると思っているらしいんだ。」
この話を聞いても、夫人はあまり驚かなかった。
「ビアンカちゃんがそう思うなら、そうでしょう。マーサ様の血が、簡単に途切れるわけないわ」
「おまえは・・・それが、わかっていたのか?」
「まさか。わたしにそこまでわかる力はないもの。でも・・・そうじゃないかと思うの。なんとなく。」
夫人は、赤子をあやすようにそっと身体を揺すった。赤子はまるで何かを捕まえようとするように、両手を伸ばして宙をつかんだ。
「あの坊主は本当に、その、マーサという巫女の息子なのか?」
「そうだと思うけど・・・でももう、確かめる方法は無くなってしまったわ。」


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