オルゴール

<オルゴール 3話>

そんな訳でリュカとサンチョを残し、パパスは出発した。宿屋の前でパパスを見送ると、事情がわかっていない小さなリュカは、父を追って泣いた。ビアンカは、リュカを引き留め、ギュッと抱きしめると「大丈夫、お姉ちゃんがついているからね」と繰り返した。実のところビアンカは、自分もちょっと泣きそうになっていたのだ。ビアンカは、このころ既にパパスを崇拝する父の影響を受けて、パパスにあこがれを抱いていたので、大好きなパパスおじさまが滞在しないのは残念であったのだが、それでもパパスおじさまのお役に立てるなら、と、涙をこらえていた。

容易に動けないサンチョには、厨房の近くの客室があてがわれた。ビアンカは、サンチョの食事を運んだり(とは言っても、ビアンカはまだ小さかったので、マグダレーナか女中が食事を運びビアンカはお茶を持っていく程度だったのだが)、室温の調節の為に窓の開け閉めをし、洗濯物を運び、小さくなったろうそくの交換をしたりした。
そのかいがいしさはほほえましく、女中やコック達に「もうすっかり、小さなおかみさんですね」と褒められていた。ビアンカは内心、世話をする相手がパパスおじさまだったら・・・とちょっとだけ思っていたのだが、そんなことは表に出さず、「ありがとう」と答え、にいっと笑顔を見せていた。
リュカは、サンチョの安静のため、ビアンカの部屋で寝泊まりをしていた。ビアンカは、リュカに対しても、自分のできる範囲で十分な世話をしていた。しかしこちらは、かいがいしいとか、かわいらしいというより、どちらかといえば口うるさく躾に厳しいビアンカの母親そっくりであった。
「掛け布団はめくって布団を風に晒して、脱いだパジャマはたたんで椅子に置くのよ」まだリュカが眠い眼をこすっている朝早くから、「ビアンカお姉さん」の躾は始まっていた。食事の前には手を洗いなさい、食べ物は残さないの、みんなが食べ終わるまで席を立たない、遊んだあとは片付けなさいなどなど・・・ビアンカの張り切りは相当な物で、ほんとうに母親そっくりの口調でリュカを注意し、旅館の従業員達は笑いをこらえるのが大変であった。
リュカは、今まで躾をされずに育っていたわけではない。しかし、厳しいが子育てには不慣れな父親と、マナーは知っていても坊ちゃんにはめっぽう弱いサンチョに育てられ、旅がほとんどという特別な環境で育ってきたため、どちらかといえば「元気で丈夫」が重視されており、ビアンカが満足するような躾がされていたわけではなかった。

「あれが口うるさくて、申し訳ないですね」サンチョを見舞うという口実でお茶を飲みに来たダンカンが、美味しそうに焼き上がったクッキーを差し出しながら、本当に申し訳なさそうに言った。「全く、母ちゃんの言い方そっくりですよ。母ちゃんもあれを見て、すこしは小言を控えてくれるといいんですが。」
堅めのソファーに堅めのクッションを並べ、ビアンカが居心地良くとしつらえた窓の下におさまったサンチョは、クッキーに手を伸ばしながら言った。「血は争えませんね」
サンチョの言葉にダンカンは、一瞬眉間にしわを寄せ険しい表情をしたが、すぐにいつもの、客に対してではなくて、心を許した人に見せる人なつっこい笑顔に戻ったので、その変化にサンチョは気づかなかった。
「いやもう、あんな口うるさいのは母ちゃん一人でじゅうぶんですよ」
「でも、私どもは助かりますよ。いずれ坊ちゃんにもきちんとした行儀作法が必要とはわかっているのですが、どうも、旦那様も私も坊ちゃんには甘くなってしまって、いけませんねぇ」
「男の子は、多少行儀が悪くても、優しくて丈夫なのが一番ですよ」サンチョの湯飲みにお茶を注ぎながら、ダンカンが微笑んだ。クッキーはあっという間に半分以上無くなっており、もしここにビアンカお姉ちゃんが居合わせたなら、食べ過ぎと怒られ皿を下げられてしまっただろう。
「おっしゃるとおりなんですが・・・」
新たなクッキーをつまみ上げ、サンチョは小さくため息をついた。
今はそれでもかまわないが、城に戻るとなったらそうも言ってはいられなくなる。しかし、それもいつのことになるだろう。マーサ様の手がかりはまだ得られていない。王が長く城を空けるのは国のために良くないが、城に戻ったらパパス自らが直接調査に行くことはできなくなるだろう。しかし、他人に任せて自分は安全な城で結果を待つなどパパスにはできないことを、サンチョは十分承知していた。だが、王と世継ぎに、旅の途中でもしなにかあったなら・・・
「ご心配ですか?サンチョさん?」ダンカンの声で、サンチョは我に返った。
「ああ、申し訳ありません。ちょっと・・・坊ちゃんのことを考えておりました。」
サンチョは手にしていたクッキーを口の中に放り込むと、お茶で流し込んだ。
「しかし坊ちゃんは、ビアンカちゃんのことを相当気に入っているみたいですよ」
「そうでしょうかね?あんな口うるさい子を?」ダンカンはいぶかしげに問い返した。
「ええ、私はそう思います。他の人にあんな風に言われたらすぐに逃げ出すでしょうに、ビアンカちゃんには何を言われても、お尻をぶたれても、にこにこしてついてあるいていますでしょう。本当に、ビアンカちゃんのことが好きなんだと思いますよ。」
「そうですかね、そうだといいんですけど・・・」
ちょっと小太りな大人二人は、まるでお互い血を分けた本当の子供の事を思う父親のような笑顔で微笑んでいた。
そのとき
「おまえさん!ティムズ!どこだい!」
「まずい!小言の親分だ!」
ダンカンは、肩をすくめた。

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