心の闇

3



リュカは甲板までの道のりで、かなりダメージを受けていた。みんな、リュカを見るとびっくりして隠れるか、「なんで起きてるの?」というような事を言ったのだ。
「ねぇ、ピエール…」
リュカは背中を丸めて、かすれた声を出した。
「やっぱりみんな怒ってるのかな…」
「そんなことはないでしょう。」
こんどはビアンカとの問題はないので、ピエールはリュカをなぐさめることにした。
「みんな、びっくりしているだけですよ。あなたが今朝までずっと働いていたのを知っていますしね。あなたの気のせいですよ。」
「そうかなぁ…」
リュカはピエールの言葉にどうにも納得がいかなかった。こんなにみんながよそよそしいなんて、やっぱり僕の事を怒っているに違いないと思った。だがそう言って、ピエールに肯定されたら立ち直れないと思ったので、これ以上は聞かないことにした。

甲板に出るとすぐに、大陸が視界に入った。明け方はかすかに見えただけだったのに、今は北の水平線の全てが、大陸を描き出している。
「すごい…もうすぐだね。ほんとに、明日着くんだね。」
リュカの表情が明るくなったのを見て、ピエールはほっとした。
船尾の方向から彼らを導くように、今度は大きく爆発音が鳴り響いく。白い煙があがって、風と共に船の後方に流れていった。リュカ達がそこに行くと、マーリンとコドランが白く煤けていた。
「おや、なんじゃ、おまえさん、もう起きよったんか」
マーリンも他の仲間と同じように驚いたので、リュカは再び少々不機嫌になった。
「起きてちゃいけませんか?」
「そんな事言っとりゃせんよ。驚いただけじゃ。昨夜寝とらんのじゃろ。」
マーリンの言葉に、ピエールのスライムもほらね?という表情をした。リュカはまだ納得いかない様子だったが、船が揺れた拍子に足下をなにかが転がるのに気付き、マーリンの周りに転がる黒くて小さな丸い物に視線を落とした。
「あの音は、それですか?」
「おお、そうじゃよ。」
マーリンがひとつつまんで差し出して見せる。リュカはトレイを床に置き、小さな玉を受け取るとしげしげと眺めた。
「これが…火薬ですか?」
「そうじゃ。見たことないかの?」
「火薬は…石切場で、発破を見たことはあります。でも、こんな形ではありませんでした。」
「発破は細長い形に作っておるからな。これもそれも、原料はほとんど一緒じゃ。」
どこの石切場か、などとわかりきった質問はせず、マーリンはもう一つ二つ丸い玉を取り上げ、手の上で転がしてみせた。
「こんな小さな玉で、あんな音が出るんですか?」
「調合の問題じゃな。音を出すのも、光を出すのも、威力を出すのも。」
リュカは、自分が持っていた玉をマーリンの手に返しながら、言った。
「…僕はその音で目が覚めたんです。」
マーリンは珍しく、一瞬言葉につまってから笑い出した。
「そうじゃったか。それは申し訳なかった。おまえさんを起こすつもりではなかったんじゃが。いやはや、まっこと、申し訳ない。」
「だいたい、もっと前の方でやっていたんじゃありませんでしたか?」
ピエールもパンのかごを置きながら、とがめるような口調で言った。
「そうなんじゃが、煙で進路が見えんと苦情が来てな。そうか、ここはおまえさんの部屋の近くなんじゃな。気が付かなんだよ、なぁ、コドラン」
コドランはスープの壺が気になって、それどころではない様子だ。壺の蓋を鼻先で押し上げようとしてる。
「これは…スープじゃな。おお、もうそんな時間か。どうりでコドランの炎が小さくなるはずじゃ。」
腹時計の評価を受けて、コドランは満足そうにかすかすの炎を吐いてみせた。
「それから…ビアンカが老師に、よろしく、と言ってましたよ。」
「はて…よろしくとな…」
スープの準備をするリュカを見ながら、マーリンはしばし考えて答えた。
「はぁ、そうかそうか。でもなぜ、ビアンカがせんのじゃろうな。」
「それは、老師のせいだからではありませんか?」
二人の会話がリュカにはなんのことかわからなかったが、スープが意外に熱く皿によそるのに手間取ったため、とりえあずは口を挟まず盛りつけに専念していた。
「わしのせいと言われたら、わしが責任をとらねばなるまいな。」
ピエールに答えると、マーリンは一言二言、コドランの耳にささやいた。
やっと盛りつけを終えたリュカに、マーリンが船の後方の海を指さしながら言った。
「リュカ、ほれ、あそこを見てみなさい。」
「え、どこですか?」
「見えんかの?あそこじゃよ。」
リュカが立ち上がり、船尾の方へ数歩歩いていった時…

コドランがあまいいきを吐いた。
リュカは眠ってしまった。


やがて船は夕暮れを迎えた。太陽はいい具合に半分西の海に沈み、船内も、食堂も、全てが準備万端だ。ただ一つ…主役を除いては。
「あまいいきが効きすぎたんじゃないの?」
椅子の上でぽんぽんと跳ねながら、スラリンがマーリンに言った。
「こんなに長い時間は続かんよ。まぁ、元々疲れていたはずだからのう、普通より効いているかもしれんが。」
マーリンはお茶を飲みながらのんきそうに答えたので、空腹のスラリンは勢いよく跳ねてテーブルに飛び乗ると、器用に皿の隙間をぬってテーブルを横切り、マーリンの前にかまえて抗議した。
「じゃあ、こんどは起こす魔法をかけてきてよ」
「すまんの。わしはそれはできんのじゃよ」
マーリンは答えて、スラリンが反撃しようと大きく口をあけたところに、手近にあったクッキーを放り込んだ。スラリンは不満そうだったが、それでもクッキーはしっかり食べていた。
「ほんとに、このまま起きてこなかったらどうするにゃ」
梁にぶら下がったドラきちを見上げ、ビアンカは困って答えた。
「あともうちょっと、待ってあげて。無理矢理起こしたら可哀相じゃない?」
「おあずけの我々も、かなり可哀相ですがね。」
ピエールは小さい声でつぶやいたのだが、しっかりビアンカに聞こえたようだ。
「ピエール、おねがい」
小首をかしげ、空色の瞳でじっと見つめ哀願されては、さすがのピエールも折れないわけにはいかなかった。
「まぁ…待っただけご馳走が美味しくなりますからね」
「でも、ず〜っと起きなかったらどうするにゃ?」
ビアンカは言葉につまった。しかし、彼女はそれ以上の窮地に追い込まれることはなかった。ばさばさと羽ばたく音がして、見張りをしていたメッキーが食堂に飛び込んできたからだ。
「起きた?来る?」
「しぃぃぃぃ!ランプ消して!蝋燭、蝋燭!」
すっかり気の抜けていた一同は、慌てて最後の準備をした。先にランプを消してしまったので誰かの椅子が倒れ、誰かが悲鳴をあげた。ビアンカが指先に小さな炎を灯し、手を伸ばしてテーブルの中央に置かれたケーキの蝋燭に火をつけていく。やっと食堂は薄く明るくなり、夜目の効かない仲間達はほっとした。
台所の扉が開く気配がする。
「ビアンカ?いないの?」
リュカのまだ寝ぼけた様な声が聞こえた。
『リュカってさ、いっつもビアンカ探してるよね。』
『しぃぃぃ!聞こえますよ!』
『そっちから来たら、ケーキが遠いにゃ!』
ささやき声が飛び交う。やがて予定外の、台所と食堂の間のドアが開いた。

つづく

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