心の闇

5



やがて宴もたけなわとなり、一つ目のワインの樽が空いた。
魔物は人間よりもアルコールに強いようで、仲間達はみんなほろ酔い加減にはなるが、酔って潰れるということはなかった。リュカはピエールに夜の当番を代わってもらったので機嫌良く呑んでいたが、過去何度か飲み過ぎて潰れた経験があったので、彼なりに自重していた。
「そろそろいい頃じゃな。」
マーリンの言葉でみんなが立ち上がり、ビアンカは残った料理を皿にまとめ、それぞれが、皿やグラスや新しく開けられたワイン樽など持てる物を持って食堂を後にする。リュカは何が何だかわからないまま、みんなについて甲板へと出た。
甲板に出るとそこはすっかり夜の闇に包まれ、もう数日で満月を迎えるまるまると肥えた月が空に昇り、海に光の街道を造っている。風はかすかに北から流れていて、見えないけれどそこに大陸が近づいていることを教えていた。
「風は大丈夫じゃな。少々月が明るいが…まぁ、なんとかなるじゃろ」
みんなは甲板に料理や酒を並べ宴の席を設ける。マーリンとコドランは船尾の方に歩いていった。
「リュカ、リュカはここだよ!特等席だよ!」
二人の後を追おうとしたリュカを、スラリンが引き留める。特等席と言われた場所に座ると、ワインがなみなみと注がれたグラスを持たされた。
当番をしていたスミスとパペックもやってきた。
遠くでコドランが一息炎を吐くと、歓声が上がった。
やがて火花が散り、炎の玉が夜空を駆け上った。
敵の襲来かとリュカは身構えようとしたが、隣に座っていたビアンカが彼の腕をつかまえ自分の腕を絡め、「大丈夫、見てて」とささやいた。久しぶりに間近に見るビアンカの顔に見とれ、リュカは最初の瞬間を見逃した。
夜空がカッと明るくなり、リュカが慌てて空を振り仰ぐと、そこには大きな月に負けない大輪の光の華が咲いていた。
「これ…花火?」
「そう、マーリンが作ったのよ。リュカのために。」
ビアンカはリュカの腕に自分の腕を絡めたまま、花火を見上げて答えた。リュカはその感触に気もそぞろになりながら、マーリンにいろいろと感謝した。しかし、いくつか花火が打ち上がるうちに、振ってきた火の粉に思わずビアンカがリュカの腕を放したので、リュカは感謝の気持ちを少しだけマイナスした。
花火は次々に打ち上げられ、夜空を染め上げる。花火によって作られた煙が一緒になって輝き、光の競演に花を添える。
「この花火、陸からも見えるかなぁ。」
スラリンがへしゃげてぼんやりと花火を見上げながら言った。
「き…きっと…誰か…み…見てる…見て…う…うれし、い…」
「そうねぇ、誰か見て、楽しんでくれるとうれしいね。」
急にスラリンはぴょんと起きあがり、改めてリュカに「お誕生日、おめでとう」と言った。
「人間って、素敵なこと考えるね。おいら、また今日人間が好きになったよ。お誕生日って、準備している間も、パーティの間も楽しいね。おめでとうって言うと、幸せな気分になるよ。」
「魔物は、お誕生日ってないの?」
「ないよねぇ…」
リュカの問いに、スラリンが自信なさげに答える。ピエールが助け船を出した。
「産まれた日を覚えておいてどうこう、というのは聞きませんね。たぶん、どの魔物もしないでしょう。」
「だよねぇ…」
ピエールの言葉に、わかっていたことであってもスラリンはがっかりした様子ででろりと潰れた。
彼らの会話を聞いていたビアンカは、手を伸ばして潰れたスラリンの上に、今夜の為に焼いた柔らかいパンのかけらを乗せると、言った。
「だったら、みんなのお誕生日もお祝いしようよ。」
スラリンは潰れたまま、器用に口元にパンのかけらをたぐり寄せてあんぐと食べてから、「でも、いつ生まれたかなんてしらないよ」と力無げに言った。
その横で、ガンドフは大きな目をぱちぱちさせ、コップを振り上げて言った。
「ガンドフ、冬!冬!」
「冬?ガンドフは冬生まれなの?」
「ビックアイはみんな、冬の間に産まれるんじゃよ。」 
リュカに、花火の打ち上げから戻ってきたマーリンが答えた。
「他にも…パンサーやキメラ族などはだいたい産まれる時期が決まっているが、ドラゴン族、スライム族、ドラキーなどは環境が整えばいつでも産まれる。魔物の親から生まれ出るのではない種族もいるしな。」
車座の隙間に座り、手近にあったグラスのワインをぐいっと開けると、マーリンはリュカに聞いた。
「それで…ビックアイの産まれがどうしたんだね?」
「ちぇ!お誕生日できるのは、ガンドフとゲレゲレとメッキーだけじゃん!」
「ほうほう、そういうことか。まぁ、しょうがなかろう。魔物とは、そういう生き物じゃよ。」
スラリンは拗ねてますます潰れて広がり、元の形に戻れなくならないかとリュカは心配になった。
彼らのやりとりを聞きながらビアンカは難しい顔をしていたが、やがて春の陽の様に微笑むと、こう切り出した。
「いつ生まれたのかわからないってことは、つまり、いつ誕生日でもいいってことでしょ?」
みんな、ビアンカの言っていることがわからずぽかんと彼女を見た。ビアンカはみんなを見回すと、改めて自分の思いつきを説明した。
「決まったお誕生日があったらその時にお祝いするべきだけど、そうじゃないなら、いつお祝いしてもいいと思わない?だって、いつなのかはわからなくても、どんな形で生まれたんでも、お誕生日は絶対誰にもあるはずだもの。だから、好きなときにお祝いしちゃえばいいのよ。そうしたら、毎月誰かのお誕生パーティができるわ。」
話に加わっていなかった仲間達もビアンカに注目し、だまって彼女の話を聞いていた。やがてとろけたように潰れていたスラリンがぴょこんと元の形に戻り、ぽんぽんと弾んでビアンカの膝に乗った。
「それじゃ、おいらのお誕生パーティもあるの?」
「もちろんよ!こんな風にはできないかもしれないけど…でも、いくらでも楽しいパーティはできるわ。そうしたら、素敵じゃない?」
「素敵だね!やったぁ!」
スラリンは弾んでビアンカの膝を離れ、車座になっている仲間の周りを飛び跳ねた。
「ねぇ、いつ?いつ?おいらのパーティいつ?ゲレゲレはいつ?スミスはいつ?ドラきちはいつ?ねぇ、いつするの?」
どうやらスラリンは、誕生日を決めることより、パーティをする事の方が重要らしい。
ビアンカは仲間の頭数を数え、また難しい顔をして答えた。
「う〜ん、でも、一月に一人だと、月が足りなくなっちゃうのよね。どうしたもんかな…2回パーティをする月を作るとか…」
「決めなきゃいいんんだよ!」
リュカがぽんと膝を叩きながら言った。
「いつやってもいいなら、誰が何月って決めないで、順番にやっていったら?僕は別に夏じゃなくてもかまわないし、ビアンカがよければ…いつかってのにこだわらないで、順番にみんなのお祝いしていったら、楽しいでしょ?」
「私はいいけど…リュカは、それでいいの?」
探るようにリュカの目を見るビアンカに、リュカは微笑んで答えた。
「僕の誕生パーティがなくったって歳はとるんだよ。それに、毎月パーティがあるんだから、それでいいよ。今度は僕も、びっくりさせられるしね。」
「決まり!じゃあ、決まりだね!」
再びスラリンはぽんぽんと弾んで言った。
「ねぇ、来月は誰?おいら?君?ねぇねぇねぇ!」
スラリンにつられて他の仲間達もわいわいと騒ぎだし収集がつかなくなりそうだったので、順番については後日ビアンカがくじを作って決めることになった。
「今日はリュカのお誕生日でしょう?またこんど決めましょう。来月までは、充分日にちがあるでしょ。」
やっとみんなはおちつき、宴は再開された。だがこの件でみんなはよりいっそう盛り上がり、樽の中のワインはどんどん減っていった。
浮かれたマーリンとコドランは残りの花火を打ち上げに行き、仲間達は三々五々好き勝手な場所に陣取り、残りの花火を楽しんでした。
リュカは、隣に座って花火を見上げるビアンカを見た。
ビアンカは、ある時は花火に、ある時は月に照らされ、本当に美しかった。外見の美しさはもちろんだが、それ以上に彼女の内面の美しさ…今日のこのパーティのことや、サンチョの事を覚えていたことや、先ほどの仲間の誕生日のことなどが…何より尊く、貴重な、美しい物に感じられた。そして、そんな彼女がこうして自分の隣にいることが…自分は、なんて幸せなんだろうと。
ビアンカは視線に気付いたようで、花火を見上げたまま言った。
「何見てるの?」
リュカは驚いて、ちょっと赤くなりながら答えた。
「ビアンカのことさ…綺麗だなって思って」
こんどはビアンカが赤くなった。そして、その美しい顔をリュカに近づけてきた。
リュカの心臓は急に鼓動を早めた。
(これって…もしかして…)
リュカは少々ためらった。誰か見ているかもしれない。でも、かまうもんか!
思い切って、自分もそっと顔をビアンカに近づけた。
ビアンカの息づかいを感じるくらい彼女に近い付いた。
ビアンカの唇がそっと開く。そして…
「ちゃんと花火見てね。せっかくマーリンが作ってくれたんだから」
「あ、はい…」
ビアンカはにっこり微笑むと、元のように座り直して再び花火を見上げた。
リュカはすっかり気が抜けて、その場に横になろうとした。だが、ちょっと考えて…身体をずらすと、頭をビアンカの膝に乗せた。
ビアンカが怒り出すのではないかとリュカはどきまぎした。しかし、視線の端のビアンカは、ちょっと驚いた様子でリュカを見たが、クスリと笑うとまた花火を見上げたので、リュカは安心して、花火と、久しぶりのビアンカの膝枕を堪能した。

「…なんか、うまくいってるみたいだにゃ」
ワインの樽によりかかっていたピエールの所にドラきちが飛んできて、小声で言った。
ピエールはちらりとリュカ達を見て、「そうだね」と答えた。
「このまま、うまくいくかにゃ」
「そう願いたいね。」
「ずいぶん素っ気ない返事だにゃ」
ドラきちは不満そうに羽をぱたぱたさせた。
「こればっかりは俺達にはどうにもできないだろ。人間って、いろいろ難しいみたいだからな。」
「でも、そこが人間の面白いところだにゃ」
二人は樽の影からもう一度そっとリュカ達を見ると、こっそりと乾杯した。

つづく

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