ぼんやりと月を見ていたビアンカの耳に、何かが砂を踏む音が響く。ビアンカは身体を浮かせすぐに動ける体制をとると、腰のムチに手を掛け、そっとホルターをはずした。 やがて、丘のてっぺんから、見慣れたターバンがちらちらと見えたのを確認すると、ビアンカはほっとしてホルターをとめなおした。しかし、彼女の心は、別の意味で緊張していた。 丘を登りきったリュカもまた緊張している様子で、足を止め、堅い表情でビアンカを見下ろした。 −−−リュカは、こんなに背が高かったかしら・・・ ビアンカより高いところに立っていることを差し引いてもまだ、月の光に照らし出されたリュカは、とてもたくましく見えた。 ビアンカの心臓が小さく弾む。ビアンカは、居心地が悪くなり、ぷい、とリュカに背を向けて座り直した。 リュカは丘を下ると、マントをさばいてビアンカの隣に座った。だが、何も言わない。凍ったような静寂を先に破ったのは、リュカだった。 「どうして怒ってるの?」 「怒ってないわ。」そっぽを向いたまま、間髪を入れずビアンカが答えた。 「うそ、怒ってるでしょ」 「怒ってないってば!」だが、その声は、明らかに不機嫌そうだった。 「それじゃ・・・どうして機嫌悪いの?」 「悪くないわよ」 リュカは困った。子供の頃、ビアンカがこう意固地になったら、リュカにはどうにもできなかったのを思い出した。とりあえず、リュカは質問を変えてみた。 「じゃ、どうしてずっとここにいたの?みんな待ってるよ。」 「それは・・・」ビアンカは空を振り仰いで答えた。「月を見てたのよ。」 「月?」リュカも、釣られて空を見た。雲一つない、澄んだ空気の砂漠の空に浮かぶ月は、そこで餅をつく兎の姿までくっきり見えそうなくらい、見事にまんまるで、輝いていた。 「あの日も・・・こんな満月だったわ。」ビアンカが、小さな声でつぶやいた。 −−−満月!そうだ、その話だ! リュカの頭は精一杯働いた。昨夜もビアンカは満月の話をしていた。そして、その後から機嫌が悪くなったんだ。でも、昨日は月のことしか言ってなかった気がするけど、なんて言ってたんだっけ?それより、あの日って、何のこと?満月の日?いつが満月だったんだ? とうとうリュカは観念し、おそるおそる聞いた。 「あの日って・・・いつのこと?」 ビアンカは、横目でちらりとリュカを見た。月に照らされたビアンカのそんな仕草は妖艶で、リュカはドキドキしてうつむいた。 「ルドマンさんの別荘に泊まった時よ。」 ドキドキしていたリュカは、ビアンカがなにを言っているのかすぐにはわからなかった。 「べ・・・別荘?」 「うん。」 「ルドマンさん・・・って、サラボナの?」 「うん。」 「別荘?」 「うん。」ビアンカは根気よく、同じ答えを繰り返した。 「それってあの・・・結婚式の前の?」 「うん。」 「あの、僕が夜中に、ビアンカに会いに行った時のこと?」 「うん。」 「・・・あの時のビアンカ、きれいだったなぁ・・・」 「え?あ、ありがとう・・・」急にそんな事を言われ、ビアンカは驚いて頬を赤くしたが、努めて平静をよそおった。 「・・・月なんて・・・出てたっけ?」 ビアンカは急に、ずっと昔にマグダレーナが言った言葉を思い出した。 『いいかい、ビアンカ。男っていう生き物はね、お脳が単純にできていてね、自分が興味のある物以外は覚えてるとか忘れたとかいう以前に、気が付きさえもしないんだよ。だから、あたしら女にそれを指摘されると悔しくて、「女はくだらないことばかり覚えてる」なんてぬかすのさ。』 なんでそんな話をしていたのかは忘れたが・・・。母さん、もうちょっといろいろ教えといて欲しかったわ。ビアンカは心の中で母に語りかけ、ため息をついた。 |
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