森の中を、辺りに注意しながら進んだので、村の裏に出るまでにずいぶん時間がかかった。 村に近づくにつれて、家畜たちのいつもとは違う鳴き声が聞こえ、森の中まで焦げ臭い匂いが漂ってきた。しかし人の声も、気配もしない。幸いここまで誰にも見つからず、いや、少なくとも彼らが気づく範囲では見つかったと思われる様子はなく来られた。 村のはずれにある家が木々の隙間からちらちらと見えてくると、ディークは立ち止まり言った。 「自分が見てきます。」 「しかし、危ないよ」 「大丈夫っす!」不安そうなダンカンに、ディークは笑顔で懐からキメラの翼を出して見せた。 「かなわないと思ったら、戦う前に逃げろって、隊長がいつも言ってるっす。自分が戻らなかったり、騒ぎが起こるようでしたら、お二人もすぐに逃げてください。自分、けっこう逃げ足早いから、心配ないっす!」 妙なことを自慢すると、ダンカンの返事を待たずに、ダンカンに抱かれ青い顔をしているビアンカに手を振って、ディークは木々の間を抜けて、そっと村に向かった。 ダンカンは小さくため息をつくと、近くにあった切り株にそっと腰を下ろした。 ビアンカはずっと、一言も話さない。ダンカンの服を堅く握り、じっとしている。ダンカンはビアンカを抱きしめた。ビアンカの心臓が早鐘を打つようで、小さくふるえているのを感じた。 「大丈夫、大丈夫だよビアンカ。あたしがついているからね。」 しかし、本当に大丈夫だろうか・・・。連れてくるべきじゃなかった。もう事件が起きていることを考えておくべきだった。いや、そもそも来るべきではなかったのかも知れない。落ち着いて考えたら、今までのように、自分がなんとかして避けられるような種類の災難ではないことはわかったはずだ。ディークの帰りを待たず、ビアンカだけでも帰した方がいいのかもしれない。 ダンカンは、震えだしそうな自分を押さえるため、ビアンカをますます強く抱きしめた。 そのとき・・・ 「・・・さぁん、ダンカンさぁん!」 ディークの声が聞こえた。 ダンカンが立ち上がると、木立の間を木の根に躓きながらやってくるディークが見えた。剣は抜いておらず、怪我もしてないようだ。 「大丈夫っす。もう兵隊は引き上げたそうっす。」 「兵隊?」 ディークは顔を曇らせて、ダンカンの問いに答えた。 「はい。ラインハットの兵だったそうです。」 ラインハット・・・サンチョは確か、パパスがラインハットに行ったと言っていた。 「とにかく、行きましょうか。」 「いえ、あの・・・」 歩き出そうとしたダンカンを遮るように立つとディークは、言いにくそうにしていたが、小さな声で、ダンカンに言った。 「あの、お嬢さんは、ご一緒じゃない方が・・・」 「なぜだい?もう兵士はいないんだろ?こんな森の中に残しておく訳にもいきませんよ。」 「はぁ・・・」 ディークは困った顔で、なにごとかをダンカンに耳打ちした。 ダンカンはしばらく考えていたが、もう一度切り株に腰掛けてビアンカを抱きなおすと、ゆっくりとビアンカに話をした。 「ビアンカ、兵隊はもう帰った後だそうだ。村の人は、ひどい怪我をしていたり、亡くなったりしている。村に行くなら、あたしたちはみなさんのお手伝いをしなきゃならない。もちろん、おまえもだよ、ビアンカ。おまえが驚いて泣いたり騒いだりしたら、みなさんにご迷惑をかけてしまう。今、何も見ずにここで帰るか、一緒に行って、泣かないでお手伝いするかだ。どうするね?」 「行く。」 真っ青になり、こわばった表情のまま、ビアンカは答えた。 「泣かない、騒がない、あたしの言うことを聞く、危ないことはしないって、約束できるかい?」 ビアンカが、小指を差し出す。ダンカンは、その小さくふるえる冷たい指と指切りすると、おろおろしているディークに言った。 「行きましょう。」 「で、でも、ホントにひどいんっす。ちっちゃい子が行く所じゃ・・・・」 「この子は8歳です。ちゃんと約束を守ることもできます。どうしてもだめだったら、連れて帰りますよ。」 ダンカンが意志を変えそうもないことがわかると、ディークはバスケットを持ってダンカンと共に村へと向かった。 木々を抜けると、そこには美しい村が広がっているはずだった。村の中央を小さな川が横切り、緑にあふれ、畑を耕す人や、家畜の世話をする人の楽しそうな声が聞こえてきて、この時間であればあちこちから昼食の準備のいいにおいが漂っていた。 しかし・・・ 家は燃え落ち、あちこちでくすぶっている。畑は荒らされ、所々掘り起こされており、家畜小屋も壊されたり燃やされたりしている。教会も窓が割られ、壁の一部が崩れていた。 村は、『村』としての機能を失っていた。 ビアンカは、唇をギュッとかみしめ、ダンカンの上着の裾を握り、横にぴったりついて歩いた。ダンカンは一瞬、やはりすぐにビアンカを連れて帰ろうと思った。確かに子供に見せられる状況ではない。しかし・・・ 「どうする?ビアンカ。帰るかい?」 もう一度聞いても、ビアンカは首を強く振った。 こんな時の彼女は頑固だ。ダンカンが本気で駄目だと言わない限り、帰らないだろう。ダンカンはビアンカの肩をギュッと抱き寄せると、「わかった、行こう」と言ってまた歩き出した。 |
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