夢の向こう側

<夢の向こう側 19話>
昼を過ぎた頃、キメラの翼を使い、ディークが数人の街の男達を連れて戻ってきた。
「ダンカンさん!大丈夫でした!町長さんは、隣同士は助け合わなきゃ行けないって言って、自分たちは先に来ましたが、他にも今、街で服とか食べ物とか集めてます。後で、自分の先輩達が持ってくるっす!」
ディークは興奮して、一気にしゃべった。
道具屋の主人は、担いできた大きな袋をひっくり返す。中には山のような薬草と、パンが入っていた。
「あんたこれ・・・商品だろ。いいのかい?」
「かあちゃんが、『あんたは役に立たないんだから、倉庫にあるだけ持ってきな!』って言ったんだよ。」とおかみさんの口調を真似をした。
「本当は、世界樹の葉かしずくがあるとよかったんだけど・・・あれはなかなか手に入らなくてね。」
申し訳なさそうに、小さくつぶやいた。
「こっちは、後で返してもらうよ。」
武器屋の主人も箱の蓋を開ける。そこには武器と防具が入っていた。
「相手がラインハットの兵士様だったら下手に抵抗しない方がいいが、調子に乗った魔物や盗賊が来るかも知れないからな。その時は必要だろ。」
「すまないね、みんな」
「何言ってんだい。あんたんとこからも、土産があるぜ。」
武器屋がディークを指す。ディークは教会の前で、背中にかついでいたものを降ろそうと苦戦していた。
「古シーツだそうだ。傷の手当てに使えるだろうって、あんたんとこのかあちゃんに、くくりつけられてたぜ。」
「しかし、マグダレーナは貧乏性だなぁ。こーんなにとっとくなんて。」
「ビアンカちゃんも、いずれあんな風になるのかねぇ。」
男達は、ダンカンの後ろに立っているビアンカを見ると、「こんなにかわいいのに・・・」とため息をついた。

午後遅くになってから、馬車で若い守衛達と数人の女達が、古建材や服や毛布を乗せて到着した。
「まったく、災難だったねぇ。せめて食事くらいは美味しいものを食べておくれ」
女達は言いながら、どんどん食事を作り、焼いてきたパンや具を食べやすく切ったスープを配った。デザートは宿屋から提供されたものだ。
食事を配りながら女達がビアンカに聞いた。
「ビアンカちゃん、どうするね、一緒に戻るかい?」
ケーキを食べていたビアンカは、ぶんぶんと首を振った。
「仕方ないねぇ。マグダレーナも、帰りたがらないだろうって言ってたよ。」
「ちっちゃいのに頑固だね。おかあちゃんそっくりだよ。」
そして、翌日の朝食を温めるだけに準備すると、けが人の様子を見て、村で看病は無理だと思われる数人を連れ、守衛を護衛にして街へ戻っていった。
その間にダンカン達は、怪我が軽かった村人から、ラインハットの兵は昨日の夕方やってきたこと、パパスがラインハットの第一王子を誘拐したと言い、行方を捜していたこと、サンチョは無事に逃げたらしいということを聞いた。
「でも、パパスがそんなことをするわけないんだよ。いくら強くたって、たかが、田舎の村のおやじだよ?言いがかりだよ!」
「サンチョさんだけでも逃げられてよかったよ。捕まったら拷問だろ。」
「奴らは最初から俺達の家に火をつけて家を荒らしたんだ。サンチョがいてもいなくても、結果は一緒だよ。だったら無事な方がよかったさ。」
傷の手当てをされながら、少し元気が出てきた村人達は口々に言った。

辛うじて形を残していた家や教会の修理をなんとか終えたのは、もう日も落ち、手元が見えなくなる頃だった。
女達が準備していった夕飯を済ませ、用事がある男達は道具屋が大放出したキメラの翼で街に戻り、若い守衛達と数人の男は看病と防犯を兼ねて村に残った。
ダンカンは、さすがのビアンカも夜になれば帰ると言うだろうと思っていたのだが、ビアンカがかたくなに拒むので、街に戻る男達に伝言を頼み、一晩留まることにした。
ダンカンは、教会の片隅で疲れきったはずのビアンカを寝かしつけようとしていた。しかし、神経が高ぶっているビアンカのまぶたは、なかなか閉じなかった。
ビアンカが夕方、リュカの家の前に立ちつくしていたことをダンカンは知っていた。しかしそこはすでに『家』と呼べる状態ではなく、土台の上に焼けた材木がくすぶっていた。
兵士によって家はくまなく調べられ、建物は取り払われ地下室は掘り起こされて、全てが焼き払われたのだ。
迎えに来た父にビアンカが、小さくぽつりと言った。
「リュカが帰ってきても、お家で寝られないね。」
「大丈夫、リュカちゃんもパパスも、うちに泊まりに来るよ。」
その時、ダンカンもまたショックを受けていたし疲れていたので、娘のその言葉を深くとらえていなかった。
しかし、今、思い出してみると、何かひっかかる。
ビアンカは、パパスを崇拝していた。パパス親子の話をするときは必ず「パパスおじさまとリュカ」と言っていた。
それがなぜ、あの時はリュカだけだったのだろう?
「ビアンカ」
ぼんやりと、割れずに残ったステンドグラスの窓を見ているビアンカに、ダンカンは小さく声を掛けた。
「おまえは・・・リュカちゃんが、帰ってくると思うのかい?」
ビアンカはダンカンに視線を移し、こくりと頷いた。
「パパスと、サンチョさんは?」
ダンカンは、おそるおそる尋ねた。ビアンカは、大きな空色の瞳でじっとダンカンを見た。しかし、その瞳に映しているものはダンカンであっても、ビアンカが見ているのはもっと遠く・・・教会の高い天井も越えて、天空の遙か彼方を見つめている様に思えた。
「リュカは・・・帰ってくる。」
ビアンカのつぶやきが、ダンカンの意識を引き戻した。
ビアンカはそれ以上、何も言わなかった。
ダンカンも、それ以上は聞かなかった。
つまり・・・そういうことなのだろう。
ビアンカの瞳はまだ、彼方を見ていた。その瞳は神々しく美しく、まるでいつもの自分の娘の瞳ではないみたいだ。このまま天空に帰ってしまいそうな・・・
急にダンカンは不安になり、毛布ごとビアンカを抱き上げた。ビアンカはギュッとダンカンにしがみついた。そのあたたかさや重さはいつものビアンカのもので、ダンカンはほっとした。


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