「ダンカンさん」 後ろから声を掛けられ、ダンカンはビクリとして首だけを回して後ろを見た。 そこには、頭と身体に包帯を巻き、左手を首にかけた布でつった村長が杖をついて立っていた。 ダンカンがビアンカを抱いたまま立ち上がろうとすると、村長は「そのまま、そのまま」とダンカンを制し、椅子の背につかまりながらダンカンの隣に座った。 「あんたに、謝らなけりゃならないことがある。」村長は声を潜め、真剣な表情で言った。 「若い者が、兵士にパパスと親しい者を聞かれ、あんたのことを話したと、今頃になって言ってきおった。女房を人質に取られて、つい言ってしまったと。申し訳ない。」 村長は、頭を下げた。 だが、ダンカンは表情を変えず、落ち着いた声で答えた。 「かまいませんよ、そんなこと。」 「驚かんのじゃな。」 ゆっくりと頭を上げると村長は言った。ただの老人の様な風貌であったが、彼の眼孔は鋭かった。 「はい。これだけ虱潰しに調べていったのなら、あたしの事もわかっているだろうと思いました。仕方ありませんよ。パパスと親しかったのは事実ですし、調べられて困ることはありませんから。」 言いながらダンカンは、ビアンカの身体が重くなったのを感じた。やっと眠ったらしい。その方がいい。こんな話は聞かせたくない。 「その奥さんは、大丈夫だったんですか?」 「あ、ああ。女房は軽い怪我で済んだが、家に火をつけられて、亭主はやけどをしてな。すっかりこの話を忘れておったそうだ。思い出してからもなかなか言い出せず、あんたに会わせる顔がないとわしの所に泣きついてきおった。」 村長はそう言っても、その村人を責めている感じはなかった。 「そうですか。それなら、まだ不幸中の幸いですね。あたしがその方の立場でも、同じ事をしますよ。家族を守った、すばらしい人ですね。」 もし、それが自分だったら・・・自分は妻を、そしてビアンカを守ることができるだろうか。ダンカンは今朝の村の光景を思い出し、背筋が冷たくなるのを感じた。『そのとき』は確実に迫ってきている。そのとき、自分になにができるだろう。 「すまない」 村長が小さくつぶやいた。 「それより、村長さんは動いて大丈夫なんですか?寝ていらした方が・・・」 村長も兵に拷問を受け、ひどい傷を負っている。昼間はろくに動けなかったのだ。 「昼に寝過ぎてな、目が覚めてしまったよ。年寄りは痛みにも鈍くなるんじゃ。」 「そんなことはありませんでしょう。わざわざ教えに来てくださって、ありがとうございます。」 ダンカンが丁寧に頭を下げると村長は「いやいや、頭を上げてくだされ」と慌てた。 「それより、今日はどんなご用だったんじゃね?」 「え?」 「ずいぶんと早くにいらっしゃったじゃろ。いったいどうなさったんですかな?」 不意をつかれてダンカンは口ごもった。 「この子が、リュカちゃんに会いたがりまして、そろそろ旅からお戻りになるとサンチョさんから伺っていましたので、仕事が忙しくなる前に連れてきたんです。」 ダンカンはしどろもどろにならないよう、できるだけゆっくり話した。 「なるほど・・・確かにそろそろ帰ってくるだろうと、サンチョが言っておったな。」 それならなぜ武装した若い衆を連れて、薬草やキメラの翼を持って来たのか? しかし村長はそれ以上聞かなかった。 今日はダンカンのおかげでずいぶん助かった。あそこにダンカン達が来なかったら、助けに行く気力もなかった村人達は、手当が遅れてもっと重症になっていたかもしれない。 ダンカンについては、悪い噂は聞いたことがない。例え今回の件で、彼が何か知っていたのだとしても、事前に話を聞かされたら、信じることはできなかっただろう。それに、彼がラインハットになにかを言ったとも思えない。 結局、どうやっても、この事態は避けることができなかったのだ。 「ラインハットの兵は・・・パパスを探している、と言っていました。」 しばしの沈黙の後、再び村長が口を開いた。 「しかし、彼らが探していたのは、『人』ではなく、『物』だと思います。」 「物・・・ですか?」 ダンカンは、村長の意外な言葉に思わず問い返した。 「そう、物じゃ。」 村長は、確信をもった口調で答えた。 「奴らは・・・パパスからなにか預かっていないかと聞いておった。サンチョを探している時も、『持って逃げた』と言っておった。つまり、サンチョに用があるのではなく、サンチョが持ち出せるような『なにか』に用があったんじゃろう。」 「村長さんは、それをご存じなんですか?」 ダンカンが思わず身を乗り出して聞く。村長は目をつぶり、ゆっくりと首を振った。 「パパスが、『何か』を探してるということは知っておったよ。だがパパスもサンチョも、己のことは一切語らんでな。とうとう、どこから来たのかも、なぜ旅をしているのかも、リュカ坊の母親がどうしたのかも知らぬままじゃ。おまえさんなら、なにか聞いているかと思ったのだが・・・」 「あたしも、似たようなものですよ。」 ダンカンは、宿に来たときのパパスやサンチョを思い出しながら言った。 「うちで話すのは、旅の話や異国の話です。彼ら自身の事は、何も聞いたことは・・・ありません。」 二人は小さくため息をついた。 そこに、街の男達がやってきたので、話はそこまでになった。 村長は身を寄せている家に戻り、男達は、いくらぼろくなっていても教会の中で酒盛りは不謹慎だからと外へ行くことにした。 ダンカンは一瞬ためらったが、ビアンカを抱いたままそっと立ち上がった。 「ビアンカちゃん、連れていくのかい?」 「ああ、今夜はそばにいてやろうと思ってね。」 「そうだな、目が覚めたとき、一人じゃかわいそうだ。疲れてるだろうから、ちょっとくらい騒いでも起きないだろうよ。」 男達は頷きあい、眠っている他の村人を起こさなぬようそっと教会を後にした。 |
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