夢の向こう側

<夢の向こう側 3話>
「そこで・・・あたしが、そろそろどこかに住んで落ち着いて商売をしようと思っている話をしたら、だったらご自分の宿屋を買わないか、とおっしゃるんだよ」
「でも、ティムズ・・・宿屋なんて・・・どうやったらいいのか、皆目見当がつかないよ。」
マグダレーナが、まるで夢の話でもしているような口調で言う。ダンカンはマグダレーナの肩をそっと抱き寄せて言った。
「これはチャンスなんだよ、マグダレーナ。確かにあたしらは宿屋の経営は素人だ。若い頃、父方のおじさんの宿を手伝ったことはあるが、あれはあくまでも手伝いだったからね。だけど、ご主人が、これから一緒にアルカパまで行くなら、道中で経営のことやいろいろ教えてくれると言ってる。アルカパまではしばらくかかるし、途中船旅になるから時間は十分あるだろう。頼りになる番頭さんもいるから大丈夫だとおっしゃってたよ。あの宿を覚えているかい?みんな、感じのいい人達だった。その人達も、そっくり雇えるんだ。」
ダンカンの力の入った話を聞いても、マグダレーナは小さく首を振り、窓から外の喧噪を見下ろした。この街はかなり大きいので、窓の下の大通りはまだ人があふれてる。ダンカンも一緒に、街を見下ろすと、今度は少し落ち着いた調子で続けた。
「もちろん・・・新参者のあたしたちが舵を取るのは大変だろうし、最初はうまくいかないだろう。でもね、あたしらは、宿屋のことはしらなくても、商売のことは良く知っている。宿屋も行商も、商売であることには変わりないからね。それに宿屋なら、仕入れや買い付けにお前達を残して出かけなくちゃいけないこともない。あたしは・・・それが心配なんだよ、マグダレーナ。」
街の灯りを見ながら、マグダレーナは一生懸命アルカパで滞在した街を思い出そうとしていた。ラインハットに行く途中で寄った街・・・あの大陸の街は、ラインハット以外はそんなに大きくなかった気がする。確かに田舎という点では、自分たちの希望にあっている。しかし、あまり小さな宿に泊まった覚えもない。ということは、そこそこの大きさの宿だったということだろうか・・・
「でも、ティムズ、あたし達に、そんな宿を買う蓄えはないだろ。」
「それだよ、マグダレーナ。ご主人は最近宿を増築して、借金があるんだそうだ。」
「借金・・・・かい?」
ダンカンは、ビアンカが起きないよう努めて声を落ち着かせながら言った。
「そうだよ。だがきちんと銀行から手続きして借りた物だそうだよ。妙な高利貸しなんか使っちゃいない。それでご主人は、その借金をあたしらが引き受けるなら、それ以上の代金はいらないっていうんだ。もちろんそれなりの金額ではあるけどね。でも、もちろんご主人も一緒にラインハットの銀行に行ってくださるし、名義の変更の時に条件が悪くならないよう交渉してくださるそうだし、おまけにご主人が実家の宿を使って保証人になってくれるっておっしゃるんだよ。もしどこかに小さな店や家を買うとしても、あたしらの蓄えじゃ、借金しなくちゃいけないのは一緒だろ。」
「でもね、ティムズ。そんないい条件なのに、他に買い手がつかないんだろ。そんなところ、大丈夫なのかね?なんか・・・他にあるんじゃないのかい?」
「それはあたしにもわからないよ。行って見てみないことにはね。でも、あたしが覚えているのがあっていれば、環境も建物も悪くなかったよ。それに、借金があるというのは買い控える理由にはなると思うよ。あたしだって、手持ちの金があればもっと安全な買い物をするからね。」
それでも納得いかないという顔でマグダレーナはなにか言おうとしたが、ダンカンがそれを遮った。
「いつものあたしらしくないということはわかってるよ。あたしは賭け事も博打じみた商売もやらないし、あんなことしても絶対もうからないと思っていた。いちかばちかより、利益が少なくても確実な商売の方がいいと信じているからね。でもマグダレーナ、これはチャンスなんだよ。それにご主人は、ビアンカのことを覚えていて、あたしに声を掛けてくだすったんだよ。」
ダンカンは小さなビアンカを見た。ビアンカは幸せそうな寝顔で、規則正しい寝息をたてている。ダンカンは愛おしそうに目を細めた。
「これもビアンカと、あの羽を持った美しい人のお導きかもしれない。あたしはこの話、乗ってみようと思うんだよ。もし失敗したら・・・また行商からやり直せばいい。それとも、貧乏な生活はもう嫌かい?」
ダンカンはマグダレーナを見た。マグダレーナは黙ってダンカンを見つめていたが、彼の手に自分の荒れた手をのせると、優しくささやいた。
「ばかだね、あたしは、あんたとビアンカがいればいいんだよ。いままでずっと貧乏な旅をしてきた。でも、あんたたちがいてくれたら、つらい事なんて何もないさ。」
そしてふと、ビアンカに目をやるとつぶやいた。
「でもビアンカは・・・いずれ嫁に行くか、お空に帰っちまうんだろうね。」
「そしたらまた、新婚に戻るだけさ。」ダンカンはマグダレーナをそっと抱き寄せた。


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