夢の向こう側

<夢の向こう側 4話>
翌朝早くに、ダンカン親子はアルカパの宿の主人と共に、まだ昨夜の喧噪の気配が残る街を出発した。
主人は家財道具を運ぶために馬車で来ていたので、ビアンカはご機嫌で馬車の旅を楽しんだ。
道中、ダンカンは宿の主人から、宿屋の経営についてを学んだ。商売なら一緒とは言っても、やはり初めてのこととなると、簡単にはいかない。それでもダンカンはこつこつと、必要なことを学んでいった。主人は、自分が教えられる全てを教えようとした。しかし、なぜ宿屋をやめるのかについてはなかなか語らなかった。ダンカンもまた、あまり余裕がなかったこともあり、その話には触れなかった。
旅は予定通りに進み、秋の日の日暮れ前に一行を乗せた船はビスタの港に着き、その日は港の宿に泊まった。
「宿屋も他の商売と基本は一緒です。お客と従業員を大切にして、主人が過度の贅沢をしなけりゃ、あの街なら失敗することはありませんよ」酒場の隅のテーブルで、既に少し酔っていいる主人は、旅の途中に何度となく繰り返した言葉をまたつぶやいた。そして、ビアンカを寝かしつけて戻ってきたマグダレーナに酒を勧めながら言った。
「あんたはかわいらしい看板娘と働き者できれいなおかみさんがついている。正直に商いしていたら、心配することはありませんよ。ただ・・・」
主人が真剣な表情で声を落としたので、ダンカンとマグダレーナもまじめな顔で主人の言葉を待った。
「あんたは、優しすぎる。あたしが悪人だったら、どうするんです。」
マグダレーナは目を白黒させたが、ダンカンはまじめな表情のまま答えた。
「ご主人があたしより悪人なはずはありません。なにしろあたしはたいそうな宿屋を、ご主人の足元を見て買いたたこうっていう極悪人ですからな。」
「違いない!」二人は人目もはばからず、大声で笑い出した。
そして、コップの酒をあおると主人は言った。
「あんたがたなら大丈夫と思ってお話しますが・・・いや、聞いて欲しい、どうか聞いて欲しいんです。なんで宿をお譲りすることになったのかを。」
主人はマグダレーナに注がれた酒を飲み、一息つくと話し始めた。

「あたしの実家も、宿屋なんです。アルカパの宿より大きな宿屋でしてね。兄夫婦が跡を継いで両親が隠居したので、あたしは女房を連れてアルカパに移り、宿を始めたんです。しかし、兄が・・・」
主人はコップに残っていた酒を一気に飲み干すと、コップを乱暴に置いて吐き出すように話した。
「実家の宿に長逗留していた、聞いたこともない宗教家にかぶれて、家の金を持ってそいつらと一緒にどこかにいっちまったんです。」主人は涙声になった。
「両親はショックで体をこわし、義姉だけでは宿の切り盛りもままならない。中途半端に宿がでかいのが裏目に出ましてね。そのうちとうとう親父が逝っちまって・・・あたしは、葬式に戻ってたんです。女房と番頭に留守を任せてね。残ったおふくろと義姉さんとずいぶん相談しました。実家の宿は、経営はそこそこ順調ですが、女二人だけではうまく切り回せない。人を増やそうと思っても、バカ兄貴が有り金全部持っていっちまったから、今月従業員に払う給料さえもままならない。とりあえず銀行から借りられたので、給料や他の支払いはなんとかなったんですがね・・・」
主人は深く、ため息をついた。
「実家の宿を売りに出してみましたが、あの街も景気がいいってわけじゃなので買い手がつかなくって・・・あたしと女房がもどって手伝えばいちばんいいのはわかってるんですが、あたしにだって、アルカパの宿がある。女房と二人、一生懸命働いて、やっと大きくしたんです。」
主人は、まるで我が子を語る様な口調になった。
「大きくするときはね、そりゃ、考えましたよ。あの街は小さいが、あの辺りでは要になる街で、この港からの交通もいい。まだ宿が小さいとき、それは順調で、満室の日も多く、お客さまをお断りすることも続きましてね。蓄えもできたんで、でかくしようってことになったんですよ。どうせやるなら、一気にある程度でかくしちまおうとね。確かにリスクもありましたが、うちの女房が・・・こまねずみみたいにちょこまかとよく働く女でね、人を増やせるようになるまでは自分がなんでもやるから、と言ってくれて、それででかくしたんでさぁ。銀行も、すんなり金を貸してくれてね。」


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