「お待たせしました。わたくしが主のティムズ・ダンカンでございます。」 戸を閉めるとダンカンは、丁寧に挨拶をした。 あの背の高い男は中央にあるソファに腰掛け、他の男達はその後ろに整列していた。 男は、座ったままで言った。 「夜遅く、申し訳ないね。この格好は昼間だと人目につくのでね。私は・・・名乗った方が、いいかな?」 「いいえ、その必要はございません。」 ダンカンは落ち着いて答えた。 「なるほど・・・まぁ、座りなさい。」 ダンカンが男の向かいに座ると、男は後ろに並ぶ男達に小さく手を挙げて合図し、男達もめいめい空いているソファや椅子に腰掛けた。 「どうやら、我々の目的はわかっている様だね。なら話は早い。単刀直入に聞こう。サンタローズのパパスの行方を知っているかね。」 ダンカンは表情を変えずに答えた。 「ラインハットに行ったと、パパスの家の下男から聞きました。」 男は、蛇が獲物を狙うような眼でダンカンを見つめた。 「ほう、下男がここへ来たのかね。」 「いいえ、先週、わたくしが娘を連れて、サンタローズに行きました。」 「なぜだね?」 「娘が、パパスの息子に会いたがりましたので。」 「その時、既に留守だったのかね?」 「はい。」 「あなたは、ラインハットの兵がサンタローズに行った翌日にも行っているね。それも娘のためかい?」 ダンカンは動じず、緊張した様子も見せずに答えた。 「はい。下男は、パパスがじきに戻ると行っておりましたので、1週間すれば帰ってきているだろうと思いました。娘にも、また行くと約束しましたので。」 「なるほど。子供との約束を守ったと」 男も子供がいるらしく、ちらりと父親の顔を見せた。その理由で納得できたらしく、それ以上は聞かなかった。 「あなたは、パパスと親しかったと聞いている。」男は組んでいた足をほどき、背もたれから身体をおこすと、ダンカンに顔を近づけて言った。 「パパスは、あなたになにか預けなかったかね?」 「いいえ、なにも」 やはり、そうか。ダンカンは心の中でつぶやいた。 「あなたの細君やお嬢さんには?」 「いいえ、従業員まで全員に聞きました。皆、何も預かっていないと申しております。」 「うーん」 そこへ、マグダレーナがお茶を持って入ってきた。ダンカンが紹介するとマグダレーナは一礼し、カップを配り始めた。 「奥さん」男が話しかける。「あなたの娘さんが、何かを知っていて隠している、ということはありませんか?」 マグダレーナはトレイをテーブルに置くと、落ち着き払って答えた。 「娘が、うそや隠し事を一切しない、とは思っておりません。けど、この事については嘘を言っているとは思いません。娘も私たちの様子を見て、事の重大さはわかっているはずです。」 「うーん、しかし、パパスの息子から何か聞いている、ということはありませんかね?」 「パパスは慎重な男です。」こんどはダンカンが答えた。「大切な秘密であれば、息子にさえも話さないでしょう。パパスの息子はまだ小さく、秘密をまもりきれる歳ではありません。」 「うーん」 「直接、娘とお話になりますか?」 マグダレーナの言葉にダンカンは驚き、ポーカーフェースを忘れて目を丸くした。 男は再び、ちらりと父親の顔をのぞかせて答えた。 「いや、けっこう。母親がそこまで言うのであれば、本当に何もしらないのでしょう。お嬢さんは、おいくつかな?」 「8歳になりました。」 「なるほど・・・そんな小さな子を、夜中に起こすこともありませんよ。」 マグダレーナは平然としたまま、軽く会釈をし、お茶を配り終えると退室した。ダンカンの心臓は暴走して破裂しそうだったが、必死で平静を装った。 「ほう、ジンジャーティーか。ブランディーが少し入っていますね。こんな夜にはぴったりだ。細君はなかなか、気が利きますな。」 男はお茶を一口飲んで、感想を述べた。 −−−毒味しなくていいんだろうか? ダンカンは、男達がお茶を飲むのを見て、ぼんやりと考えた。もちろん毒など盛っていないのだが。 「ところで」お茶を半分ほど飲み終えたところで、男が再び話を・・・いや、詰問を始めた。 「あなたは、パパスとずいぶん親しかったようだが・・・」 「そ、そうですね、街の他の者よりは、という程度ですが。」ぼんやりしていたダンカンは、急に話が始まり、少々慌てて答えた。 「そう、それでもかまわない。彼の旅の目的を聞いているかね?」 「いいえ」 ダンカンは、そんなこと知るわけがないという表情で即答した。 男は少々不愉快そうに左の眉を動かし、話を続けた。 「では、パパスがなにを集めていたかは?」 「いいえ」 「でも、親しかったのでしょう、あなたがたは」 男の声はおだやかではあったが、自分が求めている答えを出せという、明らかな、強いプレッシャーが感じられた。 しかしダンカンは、事実だけを淡々と述べた。 「はい。しかしそんなうちあけ話や身の上話をする程の仲ではございません。パパスはご存じの通り、旅ばかりしておりましたから、村にいるときは月に1、2回の行き来がありましたが、不在となれば1年2年と音沙汰がありませんでした。」 「だが先ほど、お嬢さんがパパスの息子と遊びたがった、と言っていたね。それだけ交流があったということではないのか?」 「それは、先日、わたくしが風邪をこじらせて長患いしてしまい、妻と娘がサンタローズまで薬を取りに行ったとき、ちょうどパパスが旅から帰ってきて・・・」 ダンカンは話をしながら、ほんの先日のことなのに、あの日がもう何年も、何十年も前のように感じていた。本当にあの日、パパスはここに来たのだろうか。本当にサンタローズは滅ぼされ、パパスは死んでしまったのだろうか・・・。パパスという人間がいたことさえ、まるで全てが夢か幻の様な気がしていた。 ダンカンの話を聞き、男はすこしは納得したようだった。 「しかしご主人、その程度、とはいえつきあいはあったのに、なぜ旅の目的や、彼の生まれを知らない?彼が隠していたのかね?」 「わたくしの仕事は、宿屋です。」ダンカンはこともなげに、当然のことだ、という表情で答えた。男は再び左の眉を動かし、「どういうことかな?」と言った。 「私の宿は、おかげさまでお客様のご利用も多く、毎日たくさんの旅人の出入りがあります。パパス程度のつきあいの常連様も、たくさんいらっしゃいます。みなさんにいちいち旅の目的を、根掘り葉掘り伺っていたら、身体と頭がいくらあっても足りません。もちろん、お客さまが自らお話になれば、どんなお話も参考になりますから、喜んで拝聴しますが、わたくしどもから聞く、ということはほとんどございません。お客様も、いろいろ聞かれるのが嫌だという方はたくさんいらっしゃいますし・・・」 そして、相手の勉強不足をとがめるかのような口調で付け加えた。 「これは、宿屋経営の基本かと存じます。」 「貴様!」男達の中の一人が立ち上がり、剣に手を掛けたが、背の高い男が小さく制したので、男は「ふんっ!」と言いながら腰を下ろし、さめかけたお茶を一気に飲み干した。 「確かに、ご主人の言うとおりですな。我々も戦場で、敵の一人一人に相手が何者なのか、いちいち尋ねたりしません。そんなことをしている間に、とっとと首をとらないと、こちらがやられますからな。」 男の、少々脅しめいた妙な例えにもダンカンは動じず、じっと男の蛇の様な眼を見ていた。周りの男達はダンカンのその態度にイライラしている様子で、部屋には重く、堅い沈黙が流れた。 |
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