夢の向こう側

<夢の向こう側 36話>
ウォリー・シッラと名乗った背の高い男が、ダンカンとの約束を守ったのか、最初からラインハットはアルカパを重くは見ていなかったのかはわからないが、以降二度と街の人がラインハットからの調査に気付くことはなかった。
やがてラインハットから正式に、第1王子誘拐が誘拐され、犯人のパパスは逃亡中、第2王子の王位継承権を繰り上げる、という通達が出された。
パパスをよく知る一部の人々は、「奴がそんなことをするはずがない」といきどおった。しかし、多くの人々は、王族のお家騒動には興味が無く、ゴシップの一つとして扱われ、すぐに忘れられた。
通達の中には、サンタローズの村に対することはなにも書かれておらず、これはサンタローズの生き残った村人が、今後冤罪を受ける心配はないだろうと人々は解釈した。

サンタローズの生き残った村人は、アルカパや周りの街の人々の善意を受け、よそに住む身内を頼って村を後にしたが、村長や若いシスターを含めた幾人かの村人は、そこに留まった。
「事件の事をしらず、ここを尋ねてくる人がいるかもしれません。誰もいなくなっては困ってしまいますじゃろ。それに守らんとならん墓もありますからな。」
転居をすすめに来たアルカパの町長に、村長はかたくなに首を振り、答えた。
「幸い、このくらいの人数なら生活できるくらいの家畜も畑も残っております。牛も山羊も落ち着いて乳を出すようになりました。もうすこしここで、頑張ってみますよ。もし、駄目だったら・・・」
「いつでも、いらしてください。皆、待っていますよ。」町長は、笑顔で答えた。
夕暮れの帰り道、金色に輝く雲が流れるのを見ながら、町長は考えていた。ラインハットの内紛は、まだおさまっていない。いつ何時、ラインハットが理不尽な理由をかかげて戦いを始めるかも知れない。内紛に目を付けた周辺諸国や他国との戦いでもおこったら・・・自分には、何ができるだろう。自分は、街の人々を守れるのか・・・
遠くに見えてきたアルカパの街が、夕焼けに照らされて燃え上がっている様に見えた。町長は答えを見つけられないまま、家路を急いだ。

ラインハットの騒動は、王子誘拐の犯人をでっちあげてもまだ収まらず、次第に城下町までもが緊張していた。しかし、周辺の田舎町まではすぐに騒ぎが及ぶことはなかった。人々は、この状態が長く続いては、いずれ人や物の流れが滞るのではないかと心配したが、しかし自分たちにはどうすることもできなかったので、とりあえず様子を見ながら日々を過ごしていた。

季節はゆっくりとめぐる。とりあえず平和を取り戻したかに見えた街は、元通り活気に満ちていたが、人々には小さな変化を残した。

「あの箱、そろそろおろしてもいいんじゃないですか?」
空がひときわ高くなり、街の木々の葉もうっすらと色づき始めた頃、ベランダで本を読んでいたビアンカに、通りかかった番頭が声を掛けた。
ビアンカは最初、何のことかわからずきょとんとして番頭を見た。やがて『あの箱』に思い当たると、一瞬考えた後、「ううん、いいよ」と答えた。
「でも、もう大丈夫だと思いますよ。ラインハットの兵も、いまさら調べに来ないでしょう。」
しかしビアンカは、8歳の子供とは思えない大人びた表情で答えた。
「もし、リュカがここに来ることがあれば、その時におろすから」
「そうですか。わかりました。」
番頭は小さくため息をついた。


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