あの事件によるビアンカの心の傷は、皆が思っていた以上に深かった。 サンタローズから戻り、ラインハットの男達がダンカンを尋ねてくるまで、ダンカン達も宿の物も、アルカパの街中が緊張していたため、ビアンカもその間は、宿にいるけが人の世話を手伝ったりして気丈な様子を見せた。しかし、街が落ち着くと、ビアンカの緊張の糸がプツリと切れたように、彼女は急に高熱を出して寝込んでしまった。特に悪いところはなく、疲れとストレスが原因だろうとわかると、ダンカン夫妻は自分たちを責めた。サンタローズから戻ってから、自分たちはビアンカを、ちゃんと見ていたのだろうか。 皆の薦めで、マグダレーナはビアンカの看病に専念した。 「仕方ないよ。あんな状況だったんだ。」街の女達は、宿にいるけが人の看病と、めずらしく気落ちしているマグダレーナを慰める為に、交代で手伝いにやってきた。女達の訪問は、たいそうマグダレーナの慰めになった。 だが、ダンカン夫妻はもう一つ、心配があった。 ビアンカは、普通の子供ではない。もし、人間にはない病気なのだとしたら・・・ 夫妻は、もう何年も足を運んでいない、あの大木がある方向に向かって祈った。 「どうか、あの子をお守りください。あの子を・・・連れていかないでください。」 ビアンカの熱は下がらず、夫妻は毎日を胸が潰れそうな思いで過ごした。 しかし、ある日の朝突然に、ビアンカの熱は下がり、意識も戻り、夫妻を始め、大人達をほっとさせた。 食欲が出てくると、すぐに床を離れられるようになった。しかししばらくの間は口数が少なく、ぼんやりとしていることが多かった。あんな事件の後では無理も無かろうと、大人達はそっと見守った。 やがて体力も戻り、外で遊べるようになると街の人々は「元気になってよかった」と言い合った。ビアンカはすっかり、元通りになったかのように見えた。 しかし、ダンカン夫妻や、ビアンカを小さいときからずっと見てきた番頭や女中頭など、ごく身近な人々は、ビアンカの変化に気付いていた。一見、以前と変わらず遊び回っているように見えたが、彼女の中の何かが、違っていた。自ら積極的に勉強をするようになったし、さぼりがちであった魔法の練習もきちんと行くようになった。宿の手伝いも、料理の練習もすすんでした。以前の様に街をこっそり抜け出したり、ダンカン夫妻が頭を抱えるような突拍子もないこともしなくなった。 そして何より、時々、相手がどきりとするような大人びた表情をしたり、ぽつりと難しいことを言ったりした。 ビアンカの、無邪気なだけでいられた子供の時代が終わったことに、やがて大人達は気付いた。 「まだ、あんなに小さいのに・・・」 ビアンカのいないところで、こっそりと涙を流すマグダレーナを、ダンカンは慰めた。 「これが、あの子に与えられた宿命なのかもしれないよ。きっとこれが、あの子の成長のし方なんだ。あたしたちは、あたしたちにできることを精一杯してあげるしかないんだよ。少なくともあの子はまだ、あたし達の娘なんだ。あたし達の助けを必要としてくれているんだよ。」 マグダレーナは頷き、化粧が落ちるのも気にせず、ごしごしと顔を拭いた。 そして、このまま今の幸せな時が止まってしまったらいいのに、と思った。 だが、マグダレーナの思いは届かず、時は無情に流れた。 |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||