夢の向こう側

<夢の向こう側 5話>
主人は話を止め、遠い目をした。そして、我に返ると話を続けた。
「あ、すいません。よけいな話をしちまいまして。それで、ええと・・・そうそう、とにかく、2つの宿をやっていくのは無理だと言うことになって、しかたないからどっちかを売って、残った方でみんなでがんばろうや、という話になったんです。
二つを比べたら、実家の宿の方があがりは確実だ。だからアルカパの方を売って、実家にもどろうと思ったんです。買い手もつかなかったことですしね。それじゃアルカパの方はっていうと・・・こっちも大きくしちまったでしょう。小さいときは実績もあったが、あの規模になると、きちんと利益があがるという保証はないと、銀行はこうぬかしやがるんですよ。金を貸すときは、うまいこと言ってたくせにねぇ。でも、あたしだって買う立場になったら同じことを考えますよ。」
ダンカン夫妻は、黙って聞いていた。自分たちも商売人だ。主人の気持ちもわかるが、銀行の言うことが正しいということもよくわかる。掛ける言葉がみつからなかった。
「他の街でも、あんな田舎にわざわざ行こうってぇ物好きはあまりいない。買い手がつかなかったら、銀行に渡すことになるんだが、あれを渡しても、借金はなくならないって言うんですよ。それにやつらは、あそこで宿屋をやる気はないって言いやがる。うちの従業員はね、よその土地から雇っている奴もいるがほとんどがあの街の者で、首にされたら街の者みんなが困るんですよ。でも、宿をしめても、人の流れが変わるだろうから、やっぱりみなさんに迷惑をかける。でもね、街の人も、それはわかっているけど、借金のある宿を引き取ろうっていうほどの人もいなくて・・・仕方ないですよねぇ。銀行にそんなことを言っても、宿を売ろうとしているあんたにそんなところまで口を出す権利はないって言われて、もっともな話ですよねぇ・・・」
肩を落とす主人は小さく、本当に小さく見えた。
「それで、女房がね、町の人にも、従業員にもみんな話してくれたんですよ。みなさん、自分たちが引き受けられないんだから、たたむのもしかたがない、気にしないでいいって言ってくれたって、実家に手紙がきましてね・・・あたしができないでいたことを、女房が、一人で・・・」
主人の目から涙がこぼれた。
「あたしが、女房と大切にしてきた宿なんです。親父にも、兄貴にも、お前には無理だって言われながら、やっと大きくしたんですよ。女房と二人で、贅沢もせず、こつこつと・・・それを、兄貴が!光の教団が!」
「光の・・・教団?」
ダンカンが思わず聞き返した。旅の長いダンカン達も、初めて聞く名だ。
「そうです。確か、光の教団と言っていました。龍の神などもういない、世界が光だか闇だかに包まれた時、この世は滅びるが、それを信じる奴らだけは救われるなどと、馬鹿なことを言っていたそうです。みんな、あんな奴らの言うことを信じる人などいないと笑っていたそうですが・・・まさか、兄貴が・・・あの、バカ兄貴!」
主人は声を殺して泣いた。
ダンカンとマグダレーナは、黙ってそっと主人から目をそらした。二人は、胸が痛かった。自分たちが宿を持てるのは、この人の不幸があったからなのだ。二人は目を合わせると、どちらからともなくため息をついた。

「いや、すみません、しめっぽいことを申しまして。」
主人は落ち着くと鼻をかみ、そして接客用の笑顔ではなく、旧知の共に向けるような、心からの笑顔で言った。
「あんたがたに会えてよかった。あんたがたが宿を去ってからも、ビアンカちゃんのかわいらしい姿が忘れられなくてね、あの宿でも、すぐにわかりましたよ。きっと最初から、ご縁があったんですね」
主人はうれしそうに目を細めた。つられてダンカン夫妻も笑顔になる。
「銀行はあんなこと言うが、私が保証します。あの宿は絶対に大丈夫です。代々宿屋をやってきた、宿屋しか脳のないあたしが保証しますよ。もし何かあったら、遠慮なくやめていただいてけっこうです。もともと払うつもりの借金だ。」
主人は、ダンカンの手を取った。ダンカンはその手を握り返して言った。
「大丈夫、ご主人が大切に育ててきた宿です。嫁にもらったつもりで大切にしますよ。」
主人は、にっこりほほえみ、そして商売人の顔で言った。
「あなたなら大丈夫ですよ。商売のことはよくご存じだし、何より旅のつらさをよーく知っている。あたしみたいに宿屋しかしらない男より、お客さんがなにを求めているか、よっぽどわかっていなさる。なにかあったら、番頭に相談してください。あいつは若いが、番頭をするために生まれててきたような男だ。欲がなくって、信頼できる奴です。あいつが宿を継いでくれたら、と思ったんですが、自分は番頭が好きで、主人はできないとぬかしやがってね。でも、一流の番頭です。あんな田舎の宿にはもったいないくらいです。それから女中頭は、一見気難しそうですが・・・」
主人は、宿の全てが愛しいというように、従業員について、宿についてを語り続けた。
ダンカン夫妻も夜が更けるのを忘れ、主人の話をじっと聞いていた。


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