前の主人は、人を見る目がある男だったようだ。 ダンカンは、最初こそ前の主人の方針をそのまま受け継いでいたが、やがて宿の経営ということに慣れてくると、自分の旅の経験を生かして少しずつ新たな事を加えていった。 豪華でなくていい、安くて清潔で、寝心地の良い部屋作りや、明るいロビー、女中達のエプロンも、いつもパリッとノリを利かせ、清潔さを強調していた。 「あんたの料理はうまい、でももう一工夫してほしいんだよ」ある時はコックに注文を付けた。 「良い材料でうまいものなら誰でもできる。だけどあんたなら安い予算でもっとうまい物が作れると思うんだ。もちろん質を下げずにね。」 そう言って、ポケットマネーで近隣の料理がうまい宿屋レストランに行かせたりした。おかげでコックのやる気もあがり、ダンカンの宿の評判は上がった。 従業員達は、はじめはダンカンの改革に戸惑ったが、ダンカンの実直な態度や、従業員の言葉にきちんと耳を傾け、自分の方針とは違っても良い意見は採り上げるところや、自分の生活を「宿の経営には問題ない」というアピールになる程度に留め、決して贅沢をしないということを認め、次第に良い主人と慕い、彼の方針に従っていった。 借金は予定より早く返済が済み、ダンカンは最初に言ったとおり、従業員の給料を上げたので、彼らの今の主人への信頼とやる気はいっそう上がった。。 返済完了の知らせを聞いた前の主人は、おめでとうのメッセージと共に、宿を立派に育ててくれた事への感謝と、自分の方も順調だといううれしい便りをよこした。 しかし、その手紙の最後の一枚には・・・彼の街で聞いた「光の教団」の噂についてが書かれていた。近隣の街でも、教団に傾倒し失踪する者が増えていると。 「彼らはもっと広い範囲で布教活動をする様です。そちらでも、じゅうぶんお気をつけください。私は・・・兄は死んだと思っております。」と締めくくってあった。 ダンカン夫妻はそれを、思い気持ちで読んだ。自分たちの生活はうまくいっている。この街も平和だ。だが、どこかで何か、恐ろしいことがおきようとしているのでは・・・いや、もう起き始めているのではないか。 唐突に、マグダレーナが言い出した。 「今度、ビアンカに家庭教師を頼もうかと思うんだよ。もちろん、今すぐじゃないがね。今から、いい人がいないか探してみようかと思って・・・」 「家庭教師、だって?だっておまえ、ビアンカはまだ・・・」 「わかってるよ。でも、準備するのは早いほうがいい。勉強だけでなく、できたら、魔法とか、武術とか・・・」 「マグダレーナ!」ダンカンが思わず大声で遮った。 「どうしたっていうんだ、急にそんなこと!」 「急にじゃないよ。ずっと考えてたんだ。」マグダレーナは、ダンカンの手から手紙を取るとテーブルに置き、自分はダンカンの隣に座ると彼の目を見て、落ち着いて話し始めた。 「あの子を拾ったとき、普通の赤ん坊じゃ・・・いいや、ただの人間じゃないだろうって、だから、あたしらのできる限りのことをして育てようって言ったじゃないか。」 ダンカンは、ビアンカと初めて会った日のことを、確かにそんな話を二人でしたことを思い出した。 「あたしは・・・ビアンカが、普通の娘さんみたいに、大人になって、好きな人ができて、嫁いで・・・っていう人生を送るとはかぎらないんじゃないかと思うんだよ。もちろん、そうであってほしいとは願っているけどね。だから、もしビアンカになにか、困ったことが起きたときに・・・どんな目にあっても困らないようにしておいてやりたいんだよ」 ダンカンはしばらく考えていたが、マグダレーナの形の良い額にそっとキスをして言った。 「おまえは、あたしにはもったいない女房だ。おまえが言うことで、間違っていたことなんて一つもないね。」 「それじゃ、ティムズ。」 「ああ、あたしも賛成だ。すまないね、あたしが気づかなくて。」 マグダレーナは優しい笑顔で言った。 「いいんだよ、ティムズ。おまえさんは考えなけりゃいけないことがたんとあるんだからね。ただこうやって、あたしの話を聞いてくれるだけで、うれしいよ」 ダンカンはいとしそうにマグダレーナを抱きしめた。それから・・・ちょっと改まって言った。 「ひとつ、注文があるんだが・・・」 マグダレーナが身構えるのを見ると、ダンカンはなおいっそうまじめな顔をした。 「ちゃんと遊ぶ時間も作ってやっとくれよ。小さい時分の想い出が、勉強ばかりじゃかわいそうだからなね。あたしみたいな立派な大人になれないよ。」 マグダレーナが吹き出すと、二人は一緒に声を出して笑った。 時は優しく流れる。ビアンカはたくさんの出会いや別れ、いろいろな経験を繰り返しながら、たくさんの愛に囲まれて、小さな子供から少女へと成長していった。 |
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