船は次の寄港地に向かっていた。航海は予定通り、順調に進んでいた。 くまのぬいぐるみ用のドレスがたいそう気に入った様子で、フローラは毎日メイド達に自分と同じドレスをくまにも着せてもらい、連れて歩いていた。 「寝間着がないのか」 いつものように話をしに来たルドマンが、ベッドの上に座っているフローラを見て苦々しく言った。 「え、あの、そうおっしゃいますと・・・」 メイド達は困った。今日フローラが来ているネグリジェは、フローラがいた施設から持ってきた物で、豪華ではないが決してボロでもない。しかしやはり、ルドマンの娘としては相応しくないものだ、ということだろうか。けれど航海中は簡単には調達することができない。 「あ、いや、くまだよ。ぬいぐるみの寝間着のことだ。」 メイド達の様子に気付いたルドマンが、慌てて付け加えた。 「寝間着までは、気が付かなかったと思ってね。まぁいい。サラボナに着いたら『お母様』が作るだろう。あいつはそういう細かいことが得意だからな。」 フローラに布団を掛けてやりながら、ルドマンは独り言のような口調でつぶやいた。 「おかあさま?」 それは何?という顔をしているフローラに、ルドマンは説明した。 「お母様というのはだな、つまり・・・お前の母親で、私の妻だよ。」 まだまだ子供と話す時の話し方がうまくできないルドマンは、それも彼なりに最大限努力して言った。 「サラボナにある屋敷で待っておるんだよ。おまえが帰ったら、きっと一緒に遊んだり、歌を歌ったりするだろう。」 ルドマンの後ろに控えていたメイド達は、ルドマンの説明がおかしくて吹き出しそうになり、必死でこらえていた。 「おとうさまは?」 「おお、わたしがいいのかい?わたしも一緒に遊びたいがな、サラボナに戻ったら仕事がたぁんと待っているだろうからなぁ・・・」 ルドマンは顔を曇らせた。今まで仕事より大切な事など、夫人との時間を除けば一切なかった。その夫人との時間も、ルドマンのよき理解者である夫人の方がお茶や食事の時間、寝る前などに工夫して作っていたので、ルドマンは時間のやりくりなど考えず、いつも仕事にうちこんでいたのだ。 「いやいや、いかんな、そんな父親では。」 ルドマンは自分の子供の頃を思い出し、強く首を振った。 「大丈夫だよ、ちゃんとフローラにお話する時間は作るからね。さて、どこまで話したかな。覚えているかね?」 「馬車に乗ったところ!」 「おお、そうかそうか。よく覚えていたね。フローラはかしこいなぁ。」 すっかりでれでれしながらルドマンが大げさに褒めたので、フローラはうれしそうに、かわいらしい笑顔を見せた。 翌日の朝食の席に、ルドマンは一枚の肖像画を持ってきた。きょとんとして絵を見るフローラに、ルドマンが言った。 「ほら、これがお母様だ。グリンダと言うんだよ。」 そこに描かれていたのは、まだ少女のような幼さが残る、おとなしげで、どこかはかなげな、美しいと言うよりはかわいらしい感じの女性であった。 メイド達も一緒にその絵を見たが、妙な表情をして顔を見合わせた。 「わっはっは。おまえ達の言いたいことはよくわかる。よく似ているが、全く似ていないからな。」 フローラが来てからよく笑うようになったルドマンは、メイド達の態度をとがめることなく、苦々しい表情の秘書を気にせず言った。 「どんな画家に書かせてもこういう絵になってしまうんだよ。インガルスが描いたこの絵が一番似ていると思ったが、それでもやっぱりだめか。よっぽど猫をかぶるのがうまいんだろうな。くえない女だ。そこがまた、いいところなんだがな。わっはっは」 ルドマンは、照れる様子も見せずに言った。 フローラは訳が分からず、大きな目をぱちぱちさせて楽しそうに話すルドマンを見た。 「これをおまえの部屋に飾っておきなさい。サラボナに着くまでに顔を覚えられるだろう。もっとも・・・実物はちょっと違うんだがな。」 メイド達はルドマンから丁寧に絵を受け取ると、一礼してさがった。 「まだお母様がわからぬか。仕方ないな、仕方ない。」 ルドマンは、まじめな顔で言っていたが、その表情の中には、明らかに夫人に対する優越感があった。 「グリンダは、しっかりしているが子供のような女でな、おまえ達はすぐに仲良くなれるよ。心配ないぞ。しかし・・・」 ルドマンは、サラダをつついていた手を止め、昨日フローラが見張り台に一人で登り、降りられなくなった騒ぎと、平謝りのメイド達が、施設にいる間も似たような騒ぎをちょくちょく起こしていたらしい、と言っていたことを思い出した。 「そういう所まで、仲良くなられると困るな・・・」 ルドマンは小さくつぶやいたので、フローラには聞こえていなかった。もっとも、仮に聞こえていたとしても何の話をしているのかこの時点ではわからなかっただろうが。 |
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