白薔薇の娘

<白薔薇の娘 6話>
ルドマンは、船が出ると、この寄港地での取り引きの結果と今後の予定に目を通さねばならなかったので、フローラのことはしばらくは忘れていた。おやすみなさいと、翌朝のおはようございますの挨拶のためにルドマンの部屋に彼女が訪れたときに顔を合わせ、ようやく思い出す程度であった。
いくら『神の言葉』により引き取ったとはいえ、そう簡単に愛情がわいて出て来るものではない。フローラへのルドマンの感情はこのとき、引き取った事への義務感がほとんどで、それも彼女にメイドをあてがい、彼女のための部屋を準備したことで満たされてしまい、愛情については、はっきり言えば、拾ってきた仔猫にかける程度とさほどかわらなかった。
 しかし、気分転換に足を向けた甲板で、フローラが荷の隅に腰掛け、ぼんやり空を見ているところや、朝の挨拶のときの、うっすらと腫れた瞼とこすりすぎて赤くなった眼の周りや、メイドに支えられ背伸びして海を見ているときの、唇を色が無くなる程かみしめ、遙か海の向こう側に何かを探している様子を見ながら数日を過ごすうち、彼の中の思いが変わってきた。
『この小さな娘を守ることができるのは自分しかいないのだ』ふいに、ルドマンは気づいた。『彼女のこれからが幸せになるか、不幸になるか、全ては自分の手の中にあるのだ。』そんな思いが、ふつふつと彼の中にわきあがってきた。おそらくそれは、ルドマンが気づかなかった、彼が元から持っていた父性なのだろう。
しかし、そんな愛し方も、父性を抱く対象もいままでなかったルドマンにとっては、そんなことなど知る由もなく、初めて抱く不思議な感情に、ただただ戸惑っていた。あいにく夫人もいないため、誰にも相談することができず、しばらくの間一人で悩んでいた。

ある日、とうとうルドマンは限界を感じ、とりあえずいつも身近におり気心も知れた秘書にそっと尋ねた。
「おまえは・・・確か、子供がいたな」
ルドマンのこの第一秘書は、何代も前からルドマン家の秘書を勤めており、今の秘書も、秘書としてルドマンに使える前から、ルドマン家の事情や、今の当主のことを良く知っていた。そのため、このルドマンの突然の質問も、ルドマンがなにを聞きたいのかは察しがついていた。
「はい。男の子と・・・女の子も二人、おります」
「そうか、おまえが留守にしていては、子供達もさみしかろう」
「そうですね。留守にしておりますときは、せめて、旅の途中で子供達に土産を買うようにしています。帰ったら、子供達が寝る前に異国の話をしたり、家にいるときはなるべく一緒に食事をするようにしております。」
「食事を?一緒にか?わしは親父と食事をとるようになったのは、ずいぶん大きくなってからだったぞ。」
「先代は厳しい方でしたし、ルドマン様は、ルドマン様でいらっしゃいますから」
この不思議な言い回しは、他人が聞いたらなんのことかわからないだろうが、彼らにとってはごく自然に通用していた。現在の当主は、小さい頃からルドマン家の当主となるべく厳しく育てられたので、周りの人達とは違うのだという意味であった。
「・・・そういうものなのか」
「はい、そういうものでございます。」
秘書は、しばし言葉を止めルドマンを見たが、ルドマンはだまってパイプをくわえていたのでそのまま続けた。
「女の子は小さい頃から好みがうるさいので、服やぬいぐるみなどは、一緒に店に行って好きな物を選ばせます。妻が申しますには、私が同行し、娘が選んだ物を褒めたり、時には批評したりするのが良いそうで・・・。」秘書の話を聞きながら、ルドマンの視線は部屋の中を見渡していた。パイプを時々ふかしながらもてあそんでいる。一見、話に興味がなさそうにみえるが、こんな時のルドマンは、実は話の内容に興味を持っているのだと言うことを秘書はわかっていた。「土産はそうもいきませんが、部屋に飾っておりますので、嫌な物を選んでいることもないようです。
あとは、娘達のたわいない話も、家にいるときは嫌がらず聞いてやるようにしております。妻が申しますには・・・」
自分は娘に甘い、と続けようとしたが、秘書は話を止めた。ルドマンにとっては不要なことであろう。どうせサラボナでは、夫人と屋敷の執事によってしかるべき乳母や家庭教師が選ばれているだろうし、ルドマンは多忙でフローラと接している時間などたいして持てないだろうから。
「申し訳ありません。娘のこととなりますと・・・つい、口が軽くなってしまいました」
「かまわんよ。取引先でも、子供の自慢話は、始まったらなかなか終わらないものと決まっているからな」
「親というのは、どうやら一般的に、そういうものらしいです」
「そうか、そういうものか」
ルドマンは、パイプの煙草を詰め直すと火をつけ、うまそうに一口ふかした。
「ところで・・・明日のご朝食は、フローラ様とご一緒に準備致しましょうか?」
「・・・君に任せるよ。」


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